BIOGRAPHY
1972年ロックンロールバンド「キャロル」のリーダーとしてデビュー。このバンドは約2年半の短い活動期間であったが、日本語ロックの走りとして、その後の日本のミュージシャンたちに与えた影響は計り知れないものがある。1975年春、日比谷野音で燃え盛る炎の中「キャロル」解散、この年の秋、早くも矢沢永吉はソロデビューを果たす。 1977年には、日本人ロックアーティストとして初の武道館公演、78年には後楽園球場公演と、快進撃を続けた矢沢は、自らの生きざまを語り下ろした著書「成りあがり」で、一大「矢沢ブーム」を作りあげた。 しかしブームに安住することがない矢沢は、1981年にはLAで全編英語詞によるアルバム「YAZAWA」を世界発売、翌年にはドゥービーブラザーズのメンバーをバックに従えた「来日公演」を実現させ、またもや人々をあっと言わせた。さらに1988年以降は、ロンドンのミュージシャンたちとのセッションも開始するなど、その飽くなき創作精神は止まるところを知らない。1997年には、ロンドンで行なわれた世界イベント「SONGS&VISIONS」にアジア代表として出演、ロッド・スチュアート、ジョン・ボンジョヴィらと同じステージに立ち、大いに話題を呼んだ。 2000年代に入ってからは、新たな試みとしての矢沢流アコースティック・ライヴYAZAWA CLASSICを敢行。さらにロックとYAZAWA CLASSICを融合したROCK OPERAを完成させる。その一方、飛び入りライヴや、これまで封印していたROCK FESTIVALへの参加等、その活躍は益々多岐に渡ってきている。 2007年には前人未到の武道館100公演目を含む30箇所、40公演「THE REAL」ツアーを敢行。 2008年には、デビュー以来、欠かさずライブツアーを行ってきた矢沢が、37年目で初、ステージに立たないことを決意。“少しじっくり距離を置いて考える”というコメントを発表した。