BIOGRAPHY
ウェイン・ショーター / WAYNE SHORTER
『ベスト・オブ・ヴァーヴ・イヤーズ
1995-2003』はウェイン・ショーターのVerveにおける現在までの歩みを収録したコンピレーション・アルバムである。Verveにおける第1作
は95年の『ハイ・ライフ』、続いて97年のハービー・ハンコックとのデュオ作『1+1』、5年のブランクをおいて2002年の『フットプリンツ~ベス
ト・ライヴ!』、そして最新作が2003年の『アレグリア』だ。一般的なジャズ・ミュージシャンの作品リリースのインターバルから考えれば、寡作というこ
とになるのだろう。だが、熱心なウェイン・ショーター・ファンのあなたなら、このすばらしい音楽家が、いかに自分の人生を誠実かつ魅惑的に生き、友人たち
との会話やジョークを楽しみ、自作のタイトルについて不思議な想いを巡らせているかをよくご存じのはずだ。そう、ウェイン・ショーターにとって、生きるこ
とすべてが音楽なのだ。そして人生は限られたものではなく永遠であるという認識、音楽の喜びとは人生の永遠性を祝福することに他ならないというウェインの
信念からすれば、何年ぶりのリーダー・アルバムなどという表面的な区切りは、もちろん無意味なものなのだろう。
しかし、彼のキャリアを注視しつ続けてきたファンにとっては、74年の『ネイティヴ・ダンサー』、そしてウェザー・リポート時代を経て、『アトランティ
ス』、『ファントム・ナヴィゲーター』、『ジョイ・ライダー』というウェザー後SME3部作をリリースした後のVerveにおける、そして特にここ数年の
ウェインの歩みは、まさに「冒険」の新たなピークと呼ぶにふさわしい、力強さと、清廉さと、遠くを見つめる視線のたくましさを感じさせるものだ。
この充実感を「ウェインの新たなルネッサンス」と呼ぶ人もいるが、ソプラノ・サックスとテナー・サックス全てを最大限に駆使して、生きる喜びを謳歌する現在のウェイン・ショーターの音楽は、まぎれもなく永遠の生命の発露、命の復活なのだと思う。
ウェイン・ショーターの音楽には、今日はどこへ何を探しに行くのだろう、彼は僕たちに何を見せてくれるのだろうという、冒険に同行する不思議な喜びがあ
る。「幻視者」と呼ばれ、「魔法の笛の持ち主」の敬われるウェインは、同時におとぎの国の愉快な案内人であり、密林を先導する謎めいたガイドだ。そして、
僕がこのガイドを誰より気に入っている理由は、その旅の途中でこちらを振り返り、「もっと先に進んでみるかい?」と悪戯っぽい笑顔でたずねてくるからなの
だ。
本作には『ハイ・ライフ』から2曲、『1+1』から2曲、『フットプリンツ~ベスト・ライヴ!』から3曲、『アレグリア』から3曲の合計10曲が収録さ れている。その曲順が、これ以外に考えられないほど見事に錬られていて、最新作『アレグリア』の壮大なグループ・サウンドと『フットプリンツ~ベスト・ラ イヴ!』の壮絶といっていい演奏を、盟友ハービー・ハンコックとの純度の高いデュオ・プレイが繋いでいる。マーカス・ミラーのプロデュースによる『ハイ・ ライフ』からの2曲は、もちろんマイルス・デイヴィスの『TUTU』などに聴くことのできるマーカスらしいサウンド・プロダクトを感じさせるけれど、楽曲 全体から発散されるポジティヴで躍動的なリズムと色彩感は、まさにウェイン・ショーターならではの世界であり、現在までのVerve4作の中でもいささか 「盲点」扱いなのが意外なほどだ。そして、このコンピレーションを曲順通り何度となく聴きながら、やはり「ウェイン・ショーターという旅」の凄まじさ、す ばらしさ、その大きさとあたたかさに圧倒され感動した。『フットプリンツ~ベスト・ライヴ!』など、僕は2002年のベスト・ジャズ・アルバムと自信を もって断言したのだが、興奮のあまり、ああ、ここはこんな風になっていたのかと聴きのがしていた部分も多く、今回、またその世界のすばらしさにしばし没頭した。
ウェインの旅といえば、今や伝説的に語られる2001年の斑尾におけるジャズ・フェスティヴァル出演時のプレイ、そして『東京JAZZ2002』におけ
るプレイだ。久しぶりに日本の聴衆の前に姿を現したウェイン・ショーターは、僕の観るかぎり、今ここにいて、でも違う世界を生きているような不思議な存在
だった。しかし頭脳も精神も明晰でくもりなく、演奏自体は実に明快で、何よりも「ジャズ」という音楽の持つ、いやウェイン・ショーターという人の音楽がそ
のキャリアの最初から持っていた、自由で軽やかで例えようもなく切ない感じが、ここへきて本当に純粋に奏でられているようで嬉しくて涙が出た。本作に収録
された「フットプリンツ」のエンディングを、そして続く「メモリー・オブ・エンチャントメント」を聴いていただきたい。
昔、一度だけインタヴューで出会ったウェイン・ショーターは、やはり悪戯っぽい笑顔を絶やさない愉快な人だった。差し出した『ネイティヴ・ダンサー』の
LPにウェインが書いてくれたサインには「GOOD
FORTUNE!」とあった。どうか良い旅を、ミスター・ショーター。これからもずっと。そして永遠に。
都並清史