【“フレンチ渋谷系”とは何か?】By 坂口修
『男と女 ~野宮真貴、フレンチ渋谷系を歌う。~』詳しすぎるアルバム解説
(敬称は略させていただきました)
2012年のバート・バカラック来日公演のバックステージで始まった、渋谷系とそのルーツとなる名曲の数々を野宮真貴が歌い継ぐ《渋谷系スタンダード化計画》。
バート・バカラックと村井邦彦をテーマに取り上げた2013年のBillboard LIVEを皮切りに、2014年のライブはロジャー・ニコルズ&はっぴいえんど人脈で選曲。2015年にはそれらを総括したスタジオ録音アルバム『世界は愛を求めてる。~野宮真貴、渋谷系を歌う。~』をリリースしました。
レーベルはバート・バカラックやロジャー・ニコルズが所属し、偶然にもカーペンターズ、セルジオ・メンデスという野宮真貴が初めて買ったレコードのメーカー、A&M。このアルバムは、お陰様でオリコンJAZZチャート1位を獲得し、そしてこの度、ここにニュー・アルバムをお届けすることが出来ました。
テーマは、《フレンチ渋谷系》。
野宮真貴が2015年春にパリを訪れたり、大好評を博した自身プロデュースによるMiMCサプリルージュの名称が“PARIS RED / TOKYO RED”だったり、さらには、彼女が初めて購入したレコード3枚のうち、もう1枚がミッシェル・ポルナレフ「シェリーに口づけ」だった、という単純な理由から同年11月の3度目のBillboard LIVEはテーマを《フレンチ渋谷系》にしました。
年があけると、待っていたかのように旧知のクレモンティーヌ・スタッフからジョイント・ライブのお誘いがあり、2016年2月、BLUE NOTE TOKYOにて実現。満員御礼の2DAYSライブはふたりの絆を深め、4月のフランス旅行の際、パリで再会もしています。
その頃、このニュー・アルバムの話が持ち上がり、エグゼクティブ・プロデューサーからのアドバイスで、予定していた11月のBillboard LIVEのタイミングではなく、8月リリースと早めることになりました。
そこで、セルジュ・ゲンズブールを取り巻くファム・ファタールの楽曲で構成された2015年のBillboard LIVE実況録音盤と、クレモンティーヌをメイン・ゲストに迎え、ライブでは取り上げられなかった仏映画音楽を中心としたスタジオ録音盤とのカップリングで《フレンチ渋谷系》を集大成することを思い付いたのです。アルバム・
タイトルは当初からそのものズバリ『男と女』で行こうと決めていました。
するとどうでしょう、2016年は映画『男と女』(1966年公開)が製作50周年ということで、デジタル・リマスター版によるリバイバル上映(公開日は50年前と同じ10月15日)が行われることが判明したのです。合わせて、『男と女』の監督クロード・ルルーシュと音楽パートナー、フランシス・レイのオーケストラ・フィルム・コンサート『クロード・ルルーシュ・イン・コンサート』の企画や、主題歌「男と女」の歌唱と作詞を手掛け、映画にも出演していたピエール・バルーのパーソナル・レーベル《SARAVAH》も50周年で記念リリースやコンサートも行われるというオマケつき。
そして、その『クロード・ルルーシュ・イン・コンサート』のプロデューサーが、松本隆作詞活動45周年記念オフィシャル・プロジェクト『風街レジェンド2015』も手掛けていた近しい人物だったこともあり。彼のご尽力と関係各位のご配慮によって、野宮真貴の「男と女」カヴァーは製作50周年記念合同プロジェクトのオフィシャル・サポート・ソングとして認定され、何とフランス大使館でお披露目する、という快挙まで成し遂げることが出来ました。
もし、CDを例年通り11月に出していたら、こんな出会いはなかったはずです。本当に、いつもながらエグゼクティブ・プロデューサー子安次郎の引きの強さと先見の明には敬服するばかり。
《渋谷系スタンダード化計画》は、このように出会ったことを貪欲に取り込むことによって、見えない糸が紡がれ、いつも不思議な“縁”が生まれます。_
それでは、収録曲をご紹介いたしましょう。
[Disc-1]
「男と女」1966/05
『男と女』は1966年に製作&公開され、監督クロード・ルルーシュ、音楽家フランシス・レイ、歌手&役者ピエール・バルーの出世作にして、きっと世界中だれでも知っているであろう主題歌も含め、フランスを代表する映画となりました。この作品をきっかけに、クロード・ルルーシュとフランシス・レイのパートナーシップは、2015年の最新作『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲』まで、半世紀にわたりまだまだ続いています。
続くといえば、実に1966年という年は、“ビートルズ来日”、“ビーチ・ボーイズ来日と『ペット・サウンズ』”、“ボブ・ディラン『ブロンド・オン・ブロンド』”、“ウルトラシリーズ”、“おそ松くん”、“魔法使いサリー”、“笑点”など、50年経っても全く古くならず、未だ来日公演を行う現役アーティストもいて、エバーグリーンな作品が次々と生まれた(始まった?)興味深い時代でもありました。(1966年当時、その50年前のエンタテインメントで新鮮に続いていたものがあったでしょうか?)
デジタル・リマスターされ、今まで以上に映像も音声もよりクリアーになった映画も、電話や車の形が気になる程度で、まるで昨日撮影したかのように、50年も経っていることなど感じさせません。そして、スクリーンの中の殆どのモノは、定番になっていることが良くわかります。
本作のデュエットのお相手は、ピチカート・ファイヴ時代から交流のあるクレイジーケンバンドの横山剣。一足先にリリースされた彼らの17枚目のアルバム『香港的士』はセルフ・カヴァー企画で、野宮真貴も「T字路」にデュエット参加しています。
「T字路」は、2014年のフジテレビ「続・最後から二番目の恋」主題歌として、主演の小泉今日子と中井貴一とのデュエットでヒットしました。そして、その第4話では、楽曲を提供した横山剣と、彼のリクエストから野宮真貴がカメオ出演。劇中シーンで、この歌をふたりで披露しています。もちろん、同年の野宮真貴Billboard LIVEでも取り上げました。
我らが前作の「世界は愛を求めてる」同様、今回も小西康陽による訳詞は、オリジナルに忠実でありながら、日本語の美しさも生かした見事な出来栄え。
映画のイメージを大切にするピエール・バルーは、なかなか替え歌に許諾をしないことで有名ですが、即座に“問題ない”とご回答下さり、さらには“良い録音を”というメッセージまで添えて応援して頂けました。
「双子姉妹の歌」1967/03
美しいメロディー・メーカー、フランシス・レイと並んで、仏映画音楽界を代表するのはジャズをベースとした天才ミッシェル・ルグラン。本作は彼のメイン・パートナー、ジャック・ドミ監督とのミュージカル映画『ロシュフォールの恋人たち』のオープニング・ナンバーです。映画では主役のカトリーヌ・ドヌーヴとフランソワーズ・ドルレアックの実姉妹が歌っていますが、実はそっくりな声の歌手による吹替でした。
ここでは、年齢も近いクレモンティーヌと疑似双子デュエット風に仕上げています。
彼女とのBLUE NOTE TOKYOの打ち上げで、“この曲、いつかふたりでやりたいね”と提案しましたが、こんなにスグに実現するなんて、その時は全く夢にも思いませんでした。
由紀さおり&安田祥子姉妹による、「ふたごの歌」という山川啓介訳詞の珍しい日本語カヴァーも存在していますが、非売品ライブ・アルバムのため長年入手困難でした。しかし、2016年4月リリースのアルバム『両手いっぱいの歌 ~anniversary 30th~』に収録され、今では気軽に聴くことができます。
「渋谷で5時/鈴木雅之」1993/09
クリエーターの箭内道彦が2016年4月に立ち上げたコミュニティFM『渋谷のラジオ』。出資者のひとり福山雅治や《OSA(長)》の谷村新司とならんで、野宮真貴は美化委員として開局準備段階から参加しています。
毎日19時からは、世界一長い時報として「東京は夜の七時」がフル・サイズで流れていて、野宮真貴も毎週月曜日の17時から2時間「渋谷のラジオの渋谷系」というレギュラー番組を《最後の渋谷系》カジヒデキと担当。(あの伝説の番組フジテレビ「ウゴウゴルーガ」のキャラクター、シュールくんとクレモンティーヌによる、おフランス最新事情コーナーもあります。)
毎回、番組終了直後に「東京は夜の七時」が流れるのなら、オープニングには同じ待ち合わせソング「渋谷で5時」しかないと、今回この曲をカヴァーすることにしました。(蛇足ですが、意外にも「別れても好きな人」も渋谷の出会いソングですね。)
そうなると、この曲どこがフレンチ?と思われるかも知れませんが、もちろん、ちゃんと考えてありますよ。
まず、クレモンティーヌの住むサン=ジェルマン=デ=プレはパリ6区にあり、渋谷区と姉妹都市という繋がりがあります。(だから東急文化村にカフェ・ドゥ・マゴ・パリがあるそうです。)
そして、彼女の世紀の大発見である「天才バカボン」カヴァーのように、日本の有名曲をフランス語で歌ってもらえば、堂々と《フレンチ渋谷系》になるのでは、と目論みました。
そこで、フランス語にする許諾を頂こうと作詞家である朝水彼方とコンタクトを取るべく調べていたら、なんとご主人様がフランスの方だということが分かります。またまた、その偶然に感謝。それではと訳詞をご本人にお願いしてみたところ、他にも幾つかのご縁でつながり、すんなり快諾頂けたのでした。さらには、ダメもとで鈴木雅之ご本人にカメオ参加をお願いしてみたら、とても前向きなご返事が!
これには、我々のアレンジャーで共同プロデューサーでもあるスパム春日井が、マーチンのステージやレコーディングの重要メンバーだったことも大きいでしょう。これも、“縁”が綴ってくれた賜物です。
そんな鈴木雅之と野宮真貴は、それぞれ1980年と81年とデビューも近く、周りのスタッフも共通の人脈が多いのに、なんと本人同士は今回が初対面。
お互いアマチュア・バンド時代にヤマハのEAST WESTコンテストに出ていたことも判明し、より親近感もわきました。
その結果、鈴木雅之からのお返しとして、彼のソロ・デビュー30周年記念 還暦SOULアルバム『dolce』に野宮真貴がゲストでお呼ばれするというサプライズまで起こるのです。
「渋谷で5時」は、オリジナル版の有賀啓_雄による編曲がとてもダンサブルなので、より《渋谷系》にするためピチカート・ファイヴの「万事快調」(ジャン=リュック・ゴダールの映画タイトルと同じなので、ここもフランス繋がりですよ!)のアレンジを流用し、そのフレーズを散りばめてみました。そして、ドラム・パターンと楽器にも、とある《元祖渋谷系ルーツ》ネタを仕込んだところ、早速、マーチンはそれを嗅ぎ取って、エンディングのコーラスで最高のアドリブを披露してくれています。(だって、渋谷も《下町》ですからね。)
「或る日突然/トワ・エ・モア」-Gainsbourg Version- 1969/05
この曲も、なぜフレンチ?と思われるでしょう。それは、2013年のBillboard LIVEの様子を隈なく収録した『実況録音盤!“野宮真貴、渋谷系を歌う。”』(Space Shower Networksより発売中)の解説で、コンポーザー村井邦彦とフランスとの繋がりを詳しく述べていますから、そちらをご覧ください。
そして、本作はそこに収録されたライブ・アレンジをスタジオ録音で再現したもの。
ストリングスにセルジュ・ゲンズブール風の編曲を取り入れてみました。
「ウィークエンド/ピチカート・ファイヴ、クレモンティーヌ」1998/09
この曲は、1998年9月にピチカート・ファイヴが、アルバム『プレイボーイ プレイガール』からの先行シングルとしてリリースしました。翌10月のクレモンティーヌのアルバム『エル・デデ ~夏時間』にも、小西康陽プロデュースでフランス語によるカヴァー・ヴァージョンが収録されています。
これは、当時のクレモンティーヌのディレクターが、バート・バカラックや映画音楽のコンピレーション・アルバム《Readymadeシリーズ》の担当者だったことによる賜物。ある日、彼女とクレモンティーヌのマネージャー河井留美と三人で“ニュー・アルバムに、ピチカート・ファイヴの仏語カヴァーが入れば面白いね”という話になりました。それを小西康陽に話してみたところ、なんと興味を示してくださったのです。そして、ピチカート・ファイヴの新曲を同時にカヴァーするという企画で実現したものでした。(この時、ミッシェル・フーガンの「La Fete」も選曲。合わせて、“訳詞はクレモンティーヌご本人にお願いしたい”と小西康陽から直々のオーダーもありました。)
そういう経緯もあり、野宮真貴とクレモンティーヌのBLUE NOTE TOKYOジョイント・ライブが決まった時、まず最初に考えたのは、この曲をふたりで交互に歌ってもらうこと。それは、ピチカート•マニアとしての夢の一つで、ステージは至福の瞬間でした。そして本作は、その時の感動もお分けしたくて、新たにスタジオ録音でカタチにしたものです。《渋谷系》はアレンジも含めて《渋谷系》との思いから、オリジナルのサンプリングの世界を生演奏で完コピしてみました。
「男と女」-All Scat Version-
アルバム『世界は愛を求めてる。』リリース時、フジテレビの友人、黒木彰一に聴いてもらったところ「久保みねヒャダこじらせナイト」の番組企画の相談を受けました。“久保ミツロウ、能町みね子、ヒャダインという《渋谷系》世代の三人が、すき間ソングとして番組オリジナル曲を作っていて、そこで渋谷系池袋ソング「池袋へ行くつもりじゃなかった~We Love I.B.R?~」という曲が生まれます。それを《最後の渋谷系》カジヒデキがサプライズで歌唱することが決まったので、彼さえよければ野宮真貴にも参加してもらえないか?と、いうお話でした。
もちろん、アルバム『世界は愛を求めてる。』でフリッパーズ・ギターの「ラテンでレッツ・ラブまたは1990サマー・ビューティー計画」をデュエットしている仲です。また、ヒャダインとも30周年記念セルフ・カヴァー・アルバム『30』で「ベイビィ・ポータブル・ロック」をプロデュースしてもらっている間柄。トントン拍子で話も進み、オンエアーも大成功し、番組制作のプロモーション・ビデオはYouTubeの公式「こじらせチャンネル」にアップされ、音源配信もされました。
そして、毎年末恒例の「WE ARE THE ひとり2015ver.」にもこじらせオールスターズとして参加。遂に、野宮真貴は《こじらせファミリー》の一員として認知される関係となったのです。
そうなると、この“ご縁”を大切にすべく、お返しとして《久保みねヒャダ》のお三方にアルバムで歌って頂こうと、カジヒデキ&クレモンティーヌも誘って“ダバダバ”コーラスをお願いしました。(まさに「男と男と女と女」。)
ヒャダインは2015年にフランスへ渡航しますが、その感想を“行ってみてはじめてピチカート・ファイヴのことが理解できました。野宮さんはまるでパリの東京出張所ですね”と、熱く語ってくれたことがあります。
そうです、その野宮真貴が立ち上がり、昨今、大雨の災害やテロで観光客が激減したフランスを、お世話になった彼らの文化で応援するべく「WE ARE THE 男と女」を完成させたというわけです!!!
[Bonus Track]
「東京は夜の七時」-盆踊りVersion-
「スウィート・ソウル・レヴュー」-盆踊りVersion-
2015年から新宿伊勢丹の屋上で始まった「おしゃれ盆踊り」。プロデューサーKEITA MARUYAMAのアイディアで、野宮真貴は「東京は夜の七時」の音頭ヴァージョンを歌い、その様子の一部が動画サイトにアップされ話題を呼びました。
そして、2016年には「スウィート・ソウル・レヴュー」の音頭カヴァーが聴きたいと熱烈なご要望が届いたのです。
《渋谷系スタンダード化計画》も、『KEITA MARUYAMA 2013-14秋冬コレクション』用に制作された「ぼくらが旅に出る理由」ショート・ムービーがきっかけで始まり、Billboard LIVEのステージ衣装でもお世話になっていますから、これはご協力しないワケにはいきません。そこで、改めて「東京は夜の七時」の音頭ヴァージョン共々、スタジオ録音版を制作することにしました。
アレンジは、初年度からダンサンブルな音頭を和楽器メンバーと作り上げた菊地昇二。2015年のBillboard LIVEでは、フレンチなアコーディオンでオープニング・アクトを務めるてくれたミュージシャンでもあります。彼がベーシックなトラックを構築し、スパム春日井がハイクオリティな音色で整えてくれました。
三味線、鼓など、和楽器との録音は初めてでしたが、「ナイアガラ音頭」などで洋楽器と和楽器を融合した先駆者、大瀧詠一の苦労や楽しさなども垣間見れて、これは面白い体験です。
大瀧詠一は、ミーターズなどのニューオリンズのリズムを取り込みましたが、あれから40年、菊地昇二はペット・ショップ・ボーイズなどテクノやハウスのリズムに和楽器を合わせ、その発想は時代と共に進化していると実感しました。
[Disc-2]
Billboard LIVE 2015 Set List
01) 東京は夜の七時(小西康陽/小西康陽)ピチカート・ファイヴ
02) WHAT THE WORLD NEEDS NOW IS LOVE(Hal David/Burt Bacharach)ジャッキー・デシャノン
03)音楽のような風(EPO/EPO)EPO
04) フレンズ・アゲイン(Double Knockout Corporation)フリッパーズ・ギター
05) ダニエル・モナムール(安井かずみ/村井邦彦)辺見マリ
06) ジャズる心(Robert Gall/Alain Goraguer/訳詞:加藤紀子・本城和治)フランス・ギャル
07) コンタクト(Serge Gainsbourg/Serge Gainsbourg/訳詞:小西康陽)ブリジット・バルドー
08) 想い出のロックンローラー(Serge Gainsbourg/Serge Gainsbourg/訳詞:大貫妙子 )ジェーン・バーキン
09) パリの恋人/トーキョーの恋人(小西康陽/小西康陽 )観月ありさ
10) 中央フリーウェイ(荒井由実/荒井由実)荒井由実
11) 世界は愛を求めてる(Hal David/Burt Bacharach/訳詞:小西康陽 )
12) ピチカート・ファイヴ・メドレー2015
2015年のBillboard LIVEは、アルバム『世界は愛を求めてる。~野宮真貴、渋谷系を歌う。~』のお披露目と、《フレンチ渋谷系》がテーマになりました。《フレンチ渋谷系》で思い起こすのは、やはり奇才セルジュ・ゲンズブールです。彼と関係を結んだファム・ファタール三大歌姫として忘れてはならないのは、フランス・ギャル、ブリジット・バルドー、ジェーン・バーキン。彼女達のレパートリーを中心に選曲してみました。
「ジャズる心/フランス・ギャル」1965/03(訳詞:加藤紀子&本城和治)
1965年ユーロビジョン・ソング・コンテストでぶっちぎり優勝を果たし、セルジュ・ゲンズブールを作家として一躍有名にした「夢見るシャンソン人形」のカップリング曲。この曲自体にゲンズブールはかかわっていませんが、作詞はフランス・ギャルの実父で、エディット・ピアフやシャルル・アズナブールの曲を書いた大物シャンソン作詞家のロベール・ギャル。作曲は、ゲンズブールの最初のアレンジャーで立役者でもあったジャズ・ミュージシャンのアラン・ゴラゲールです。
「夢見るシャンソン人形」は岩谷時子による訳詞でフランス・ギャル本人も歌っていますが、「ジャズる心」には長年にわたり日本語詞はありませんでした。しかし1993年6月、ネオGSグループの元ザ・ファントムギフトのサリー久保田が結成したユニットLes 5-4-3-2-1が、ピチカート・ファイヴと同じTRIADレーベルからリリースしたファースト・ミニアルバムでカヴァー。その際、日本語詞は初代ヴォーカルのHITOMIが手掛けています。
そして今回歌われている訳詞は、2000年2月に加藤紀子の小西康陽作&プロデュース・シングル「いつか王子様が」にカップリング曲として取り上げた際、彼女自身が手掛けたもの。共作の本城和治は、元フィリップス・レコードのディレクターで、フランス・ギャルの日本語による「夢見るシャンソン人形」も彼の仕事でした。
野宮真貴自身も、2005年2月にディミトリ・フロム・パリのプロデュース・アルバム『おしゃれシャンソン』で、クラブDJユニットU.F.O.のカヴァー・ヴァージョンにゲスト・ヴォーカリストとして参加しています。
「コンタクト/ブリジット・バルドー」1967/12(訳詞:小西康陽)
全米でもO.A.されたテレビ・スペシャル『今宵バルドーとともに/Brigitte Bardot Show』のために書き下ろされたミニ・スペース・オペラ曲。この番組にはゲンズブールも出演し、ふたりの蜜月ぶりは深まり、その勢いにのって生まれた愛の結晶が「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」のオリジナル・ヴァージョンです。
“未成年者への販売は禁止”という但し書きでリリースされる予定でしたが、当時、バルドーの夫の猛烈な反対に遭い、残念ながらお蔵入りに。結果、ふたりの不倫関係は終焉を迎えてしまいますが、約一年後、ゲンズブールはジェーン・バーキンと結ばれて、早々に「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」を再録。それが大ヒットして彼の名前を全世界的に知らしめることとなったのです。
サイケで独創的な編曲を手掛けたミシェル・コロンビエは、ゲンズブール第二のアレンジャーとして知られ、後にアメリカへ渡りA&Mからソロ・デビュー。数々のサウンドトラックやビーチ・ボーイズからマドンナまで、大物のアレンジャーとして幅広く活躍しました。
ピチカート・ファイヴも、1995年9月にアルバム『ロマンティーク96』でカヴァー。テイ・トウワ・プロデュースによるアレンジは、テクノの先駆者クラフトワークのサウンドをモチーフにして、その説得力はハンパないクオリティでした。
「想い出のロックンローラー/ジェーン・バーキン」1978/07 (訳詞:大貫妙子)
ジェーン・バーキン4枚目のアルバムのタイトル曲。この後1980年にゲンズブールのアルコール依存症によって結婚生活は破局を迎えますが、1969年の「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」から始まったふたりの音楽コラボレーションは1991年に彼が亡くなるまでつづきました。
この曲を日本語でカヴァーしたのは、細野晴臣=松本隆作品「風の谷のナウシカ」でデビューした安田成美。1988年3月にリリースされた彼女のセカンド・アルバム『ジィンジャー』のオープニング・ナンバーで、アルバム・プロデューサーは大貫妙子が担当しました。フランス通の大貫妙子が訳詞も手掛け、その際タイトルは「思い出のロックンロール」と変わっています。
また、エグゼクティブ・プロデューサーでクレジットされているのは当時、徳間JAPANレコード代表の三浦光紀。彼は、はっぴいえんどや大瀧詠一・細野晴臣のデビュー・アルバムのディレクターで、ベルウッド・レーベルを立ちあげた人物です。つまり、《渋谷系》とはこのようなスモール・オブ・サークルの人脈でつながっているのですね。
安田成美のヴァージョンは、2015年3月にリリースされた小西康陽監修による徳間JAPANのコンピレーション・アルバム『夜のミノルフォン・アワー』にも選曲されていますから、間違いありません。
「フレンズ・アゲイン/フリパーズ・ギター」1990/01
日本のフレンチ渋谷系代表としてこの曲をとりあげてみましたが、それはただアコーディオン(ソロ・デビュー直前のcobaが演奏)が使われているから。フリッパーズ・ギターのファースト・シングルでアルバムには収録されませんでした。セカンド・アルバム『CAMERA TALK』直前にリリースされたため、ファースト・アルバム同様、まだ英語で歌われています。
ちなみにフリッパーズ・ギターのエグゼクティブ・プロデューサー、牧村憲一は三浦光紀の早稲田大学の後輩で、ベルウッドでのアルバイトの流れから「サイダー’73」など大瀧詠一のCMソング制作に参加し、シュガー・ベイブ~山下達郎~大貫妙子~竹内まりや等のデビューを手掛けています。さらに加藤和彦のヨーロッパ三部作の共同プロデュースや細野晴臣とピチカートVがデビューしたノン・スタンダード・レーベルを立ち上げたり、その後もフリッパーズ・ギターを世に出してトラットリア・レーベルを設立したり、正に《渋谷系》そのものを生み出した人物といえるでしょう。
「ダニエル・モナムール/辺見マリ」1969/11
辺見マリのデビュー曲も《フレンチ渋谷系》でした。作詞が安井かずみ、そして作曲が村井邦彦ですからヨーロッパ志向が高くなるのは当然です。この曲が収録されている彼女のファースト・アルバム『マリとあなたの部屋』では、ジェーン・バーキン&セルジュ・ゲンズブールの「ジュテーム」、シルヴィ・バルタンの「アイドルを探せ」、アダモの「サン・トワ・マミー」や「ブルージーンと皮ジャンパー」などを日本語詞で取り上げています。
それでは、人と歴史でつむがれた《渋谷系》の音楽をお楽しみ下さい。次回も、新たな出逢いをふんだんに取り込んでいきます。
プロデューサー 坂口 修(O.S.T. INC. / The Niagara Enterprises Inc.)