『俺とストーンズ』番外~
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『司令塔ミック、そしてキース流の挨拶の洗礼』
しかし、ここでもう一つの問題が起きた。
ツアー初日前恒例の記者会見である。
滞在しているホテルの大広間を午後の早目の時間で
念のため押さえていたのだが、
キースの長年のマネージャー女史の、
絶対にありえない。キースがそんな早い時間に起きてくるはずないでしょうが!
遅い時間にして頂戴!
の一言で、会場から開始時間に至るまで、
全てが仕切り直しとなったのだ。
しかも運の悪いことに、当日はホテルの全会場が夕方以降埋まっていた。
招聘元の東京ドーム、日本テレビ、東芝EMI、
そしてストーンズのマネージメントとで
緊急ミーティングを行った結果、
当社東芝EMIのロビーで記者会見、
その足でビルの最上階にあるスタジオに直行して
レコーディングに入る
という結論に落ち着いた。
これから1日で全てを段取らなければならない。
がしかし。
私は心の底から高揚していた。
「オレは今、東芝EMIの、そして日本のロックの歴史が変わる瞬間に立ち会っている...」
という、独りよがりの思い込みでエクスタシーを感じていた。
作り直した案内状を各マスコミへFAX送信、
記者会見のセッティングにスタジオのスタンバイ。
我々スタッフは、徹夜の作業に明け暮れた。
そして迎えた当日。
朝から大型トレーラーが会社に横付けし、
楽器やレコーディング機材が次々と運び込まれる。
ストーンズが記者会見とレコーディングを行うという話は、
もはや全社員の知る所となり、ビル全体にアドレナリンが出まくっている感じだ。
ウチの会社のロビーは、
ストーンズ・クラスの大規模な記者会見をやるには、明らかに手狭だ。
それでも「どうしても入れてくれ!」
という社内のストーンズ好きが後を絶たない。
無理もないが、無理なものは無理だ。
夕方。
いよいよバンドが到着。
ミックやキースが車から降りる度、
ビルの窓にギッシリと張り付いた社員から大歓声が沸き起こる。
導線の関係で、メンバーの控室には
会社の郵便室が使われた。
普段ありとあらゆる郵便物で混雑している部屋が、
前日までと打って変わって、ピカピカに磨かれている。
「ウチの洋楽の人間が、ここを控室に使いたいとか言うんだよ~」
と困惑している郵便室のスタッフの話を聞いたアルバイトの子が、
ストーンズが来るということがどれだけ凄いことなのかを力説した結果、
急遽、入魂の掃除をしてくれたらしい。
ロックンロールの4人の神様が、
くたびれたパイプ椅子にちんまりと座って、出番を待っている。
記者会見が始まった。
ミックは手馴れた営業スマイル&トークでテキパキと質問に答え、
煙草を片手におどけるキースとロンの横では、
はにかみ屋のチャーリーが早く終わってくれないかという顔をしている。
いつものストーンズの記者会見の光景だ。
「うん、いい感じだ」
と、腕組みをしながら一人うなずいていると、
ミックのマネージャーがステージの袖から激しく手を振って、私を呼んでいるではないか。
反対側の袖にいた私は、4人のお立ち台の後ろを
コンバットのサンダース軍曹みたいにホフク前進で移動した。
マネージャー曰く、
「そろそろミックが飽きている。さっさと終わらせろ」。
って、まだ予定している質問者が沢山いるんですけど...。
しかし、ミックのマネージャーの命令は絶対だ。
司会の方に可能な限りマキを入れてもらう旨を懇願、
どうにか記者会見は無事に終了した。
ストーンズ一行はロビー裏の階段から、
私達洋楽セクションの雑然としたフロアーを駆け抜け、
エレベーターへと乗り込んだ。
私は、その時キースとロンと一緒だった。
たちまち酒と煙草の臭いが、エレベーターに充満する。
自己紹介した私の手を握ると同時に、
キースが私の足を意図的に踏んづけてきた。
???
すると、キースはニヤっと笑いながら、
「良い靴だな。どこで買ったんだい?」
と、たずねてきた。
うわっ、カッコイーッ!!
その時に私が履いていたのは、下北沢で買った安物の派手な靴だったのだが、
いきなりキース流の挨拶の洗礼を浴びて、私は失神しそうになった。
ちなみに、前日ミックに挨拶をした時は、こう言われたものだ。
「そうか、君が担当か。レコードを売りまくってくれたまえ」。
老練かつセクシーなフロントマンと、
とことんイノセントなロックンローラーの究極のコンビネーション。
ストーンズが長生きしてきた秘訣である。
こうして東芝EMI第3スタジオに到着したのであった。
<<つづく>>
エレベーター
郵便室