十明 オフィシャルインタビュー

映画『すずめの戸締まり』の主題歌であるRADWIMPS「すずめ feat.十明」の歌唱で一躍注目を集めた現役女子大生のシンガーソングライター・十明のファーストEP『僕だけの愛』は、架空の物語と現実の社会を織り交ぜながら等身大の自分を楽曲に落とし込み、表現者としての開花のときを迎えるまでを描いたドキュメントのような作品だ。かつて自室のクローゼットで撮影した弾き語りのカバー動画をTikTokに投稿し、ボカロや邦ロックに加え、松田聖子をはじめとした昭和歌謡から、ビリー・アイリッシュのような同時代の洋楽までを並列に吸収してきた現代的な「歌い手」であると同時に、世代の「声」を体現するアイコンになりうることを確かに感じさせる、記名性の強い楽曲が並んでいる。

 

十明:今回のEPは自分の中にある虚栄心、劣等感、焦りとかがベースになっていて、本来なら見せたくないような部分をさらけ出す作品になったと思っていて。そういう感情の存在そのものは肯定しつつ、それを「これはいいものだ」と主張するのではなくて、ときには嘲笑ったり、主観と客観の両方の目線を持って、自分の醜さを描くということを大切にした5曲かなと思います。私は自分のことを凡庸な人間だと思ってるんですけど、でもそこで思考停止せずに、凡庸さゆえに多くの人が抱えてしまってるごちゃごちゃした気持ちを少しでも形にして届けたい。優しい言葉をかけて寄り添うんじゃなくて、自分の醜い感情を表現することで、「同じ気持ちの人がいるよ」っていう、そういう寄り添い方をしたいです。

 

野田洋次郎がプロデュースを担当した『僕だけの愛』には、2023年に配信リリースされた3曲に加え、2曲の新曲を収録。共同アレンジにknoakを迎えた「灰かぶり」と「Discord-disco」は「すずめ」の印象を鮮やかに裏切るダンサブルなトラックで、特徴的なブレスを交えながら、難易度の高いメロディーを見事に歌い上げるボーカルは、ボカロカルチャーからの影響を感じさせる。シンデレラをモチーフに〈可哀想なわたしごっこ〉と歌うデビュー曲「灰かぶり」は、現在彼女が置かれている状況に対しての痛快なアンサーソングだ。

 

十明:「すずめ」のことでいろんな人から「シンデレラストーリーだね」と言ってもらって、素直に嬉しい気持ちと同時に、「たまたま運が良くて勝ち上がったみたいな言い方しないで。苦しかったことも知ってよ」と思う気持ちがあったので、対抗心を見せた曲を出したくて、「灰かぶり」を一曲目にしました。私の曲はまず物語の起承転結と主人公を設定して、そのキャラクターになりきって歌う、みたいなことが多いですね。「Discord-disco」も自分の中でストーリー性がすごくはっきりしている曲なんですけど、言葉一つひとつにいろんな意味を込めて、パズルみたいに組み合わせる作り方は新鮮でした。

 

mabanuaを共同アレンジに迎えた「僕だけが愛」は最初の2曲から一転して、アンビエントフォークのような幽玄な音響が印象的。十明のボーカルも全く異なる表情を見せている。

 

十明:自分の大切な人を閉じ込めて、テラリウムのように保ってしまいたいという、もしかしたら一番醜い心がベースになっています。でもきっと本人は悪いことだと思ってやってなくて、純粋な気持ちで、その人を守るくらいの気持ちなんだと思う。それをどう表現しようかと思ったときに、全部を優しく優しく作っていくことで、純粋な子供の狂気にも似た恐ろしさが表現できるんじゃないかなって。愛という言葉についての今の自分なりの解釈を乗せた曲にもなっていて、まだ自分が未熟であるがゆえに、愛に対してある種の押し付けがましさを感じる。だからEPのタイトルも『僕だけの愛』にしました。

 

EPのリード曲であり、共同アレンジにNaoki Itaiを迎えた「メイデン」は本作随一のロックナンバー。高校時代に軽音部でバンドを結成するもすぐに解散してしまい、そこから弾き語りでの活動を始めた十明にとって、この曲は「今でもバンドを組みたいと思うことがあるので、そういう私のちょっとした願望が反映された曲」だという。

 

十明:「早く売れたい」とか、自分が常に抱いている焦りを学生のときの気持ちになぞらえて作っていて、「大人になることで未熟さから脱したい」という気持ちと、「でも大人になったらいろんな責任が出てくる」という不安が共存しているような曲だと思います。そういう思春期をテーマに曲を作ろうと思ったときに出てきたのが〈愛なんて知らない〉っていう歌詞。「僕だけが愛」で愛について書いてみたけど、「愛って何?」と言われたらやっぱり私はまだよくわからない。その素直さだったり、愛が何かわからないのに愛について歌っちゃう、その子供っぽさとか、そういうところも可愛げとして出していきたいなと思ったんです。

 

アートワークのモチーフにもなっている重要な曲であり、EPのラストに収められているのが「蛹」。自身が打ち込んだデモを元に構築されたトラックの上で、〈開花したい〉〈開花させて〉と繰り返されるこの曲で、十明は等身大の自分をストレートに楽曲に落とし込んだ。

 

十明:普段はメロディーと歌詞を同時に弾き語りで作ってるんですけど、この曲は珍しく打ち込みから作って、後から歌詞を乗せたんです。最初のサビ終わりに〈もうすぐ始まる 5つ目の季節〉とあるように、一年を経て、また同じ季節をたどっていくんじゃなくて、開花した自分にとっての新しい季節を目指したい前向きな気持ちがあるし、もちろん焦りや不安もあるんだけど、飛べるようになったらきっと理想の自分になれるんじゃないかっていう期待を抱いてしまっている。他の曲は物語を作って、主人公のキャラクターと共鳴させるみたいな気持ちが強いですけど、この曲は今の私そのものです。

 

〈待ちわびている 生まれ直す もうすぐ始まる〉。

蛹から蝶へと孵化した十明の物語が、ここから始まっていく。

 

text by 金子厚武