『カフーツ』海外プレス・リリース全文 翻訳掲載

2021.10.27 TOPICS

 2021年10月22日、ロサンゼルス ―― 1971年初頭、ザ・バンドはまだ未完成だったベアーズヴィル・サウンズ・スタジオ (ニューヨーク州ベアーズヴィル) で4枚目のスタジオ・アルバム『Cahoots』のレコーディングを開始した。当時の彼らは初期のアルバム3枚がいずれも歴史に残る名盤となったことで高く評価され、商業的な成功にも浴していた。1968年7月に発表された彼らの画期的なデビュー・アルバム『Music From Big Pink』は、カントリー、ブルース、R&B、ゴスペル、ソウル、ロカビリー、鳴り響くテナー・サックス、賛美歌、葬送曲、ブラス・バンド、フォーク、古き良きロックンロールといったアメリカのルーツ・ミュージックのるつぼからインスピレーションを得て、時代を超越した新しいスタイルを生み出した。そしてそれを機に、ポピュラー・ミュージックの流れはガラリと変わってしまった。翌1969年に出たセカンド・アルバム『The Band』 (通称”The Brown Album”) も大きな影響を及ぼしたが、この世捨て人的なグループはレコード発表以外の部分ではほとんどメディアに露出することもなかった。それでもなお、ウッドストック・プレイハウスのステージ上で12日間かけて録音された『Stage Fright』 (1970年8月のリリース) は期待を裏切らない内容になっており、「1960年代後半に登場したアーティストの中でもとりわけ刺激的で画期的なグループのひとつ」というザ・バンドの評価はますます固まった。1970年代に入っても、彼らはその魅力を失うことなく活動を続けた。

 カナダ人4人とアメリカ人1人から成るザ・バンドは、当時、意図的に自らを謎の中に包み込んでいた。それゆえリスナーや音楽メディアは、この連中が何者なのか、想像を膨らませることになった。サイケデリックな1960年代が終わりを告げようとしていたこの時期、ザ・バンドの音楽はほかのアーティストとはまるで異なっていた。彼らは地獄の責め苦について説教する19世紀の説教師のような服を着込み、アメリカと深南部をテーマとしたセピア調の素朴な歌を歌っていた。ザ・バンド ―― ガース・ハドソン (キーボード、アコーディオン、管楽器) 、リヴォン・ヘルム (ドラムズ、ヴォーカル、マンドリン、ギター) 、リチャード・マニュエル (キーボード、ヴォーカル、ドラムズ) 、リック・ダンコ (ベース、ヴォーカル) 、ロビー・ロバートソン (ギター、ピアノ、ヴォーカル) ―― は、1970年代の音楽界がさまざまなかたちで展開し始めても、やはり謎めいた存在だった。しかし彼らがほかのあらゆるグループが太刀打ちできないほどの空前絶後のインパクトを音楽シーンに与えたことは否定できない。

 12月10日、キャピトル/UMeはザ・バンドの傑作4thアルバム『Cahoots』の50周年記念エディションをリリースする。このエディションはニュー・リミックスやリマスター・ヴァージョンを含む拡張版パッケージになっており、”Super Deluxe Edition Box Set”は、2CD/ブルーレイ/1LP/7インチ・シングルを収納した豪華なパッケージになっている。また、併せて、デジタル・アルバム、CD2枚組、ハーフ・スピード・マスタリングを採用した180g重量盤LP、豪華な仕様の限定版180g重量盤LPの各パッケージも発売される。これまでのザ・バンドの50周年記念エディションと同じく、今回の『Cahoots』もメイン・ソングライターであるロビー・ロバートソンが監修。ボブ・クリアマウンテンがオリジナル・マルチトラック・マスター・テープから新たに制作されたニュー・ステレオ・ミックスが採用されている。またボックス・セット、CD、デジタル・アルバムの各フォーマットには、未発表音源が多数収録されており、その中には1971年5月にパリのオランピア劇場で録音されたライヴ音源も含まれている。これはザ・バンドの絶好調のヨーロッパ・ツアーを記録した公式ブートレグ音源で、熱烈なコンサートの一部を記録した11曲で構成されている。さらには、「Endless Highway」や「When I Paint My Masterpiece (傑作をかく時) 」の初期ヴァージョンや別ヴァージョン、6曲分の初期テイク、アウトテイク、インストゥルメンタル・ヴァージョン、音数を減らしたミックスも聞くことができる。

 今回のボックス・セットには、ニュー・ステレオ・ミックスとともに、クリアマウンテンによる『Cahoots』本編とボーナストラック4曲の新たなドルビー・アトモスおよび5.1サラウンド・ミックスも収められている (ブルーレイ・ディスクにハイレゾ・オーディオ音源で収録) 。いずれのニュー・ミックスでも、ゲートウェイ・マスタリングのアダム・ライアンがマスタリングを担当。このボックス・セットは、1971年に発売された日本盤7インチ・シングル「Life Is A Carnival b/w The Moon Struck One」の復刻版 (音源はニュー・ステレオ・ミックスを採用) 、ロビー・ロバートソンの書き下ろしエッセイやロブ・ボウマン執筆の詳細なライナーノーツを掲載した全20ページのブックレット、バリー・ファインスタイン、リチャード・アヴェドン (メンバー全員が目を閉じている裏ジャケットの有名な写真) 、著名なニューヨークの画家/イラストレーターのギルバート・ストーン (ザ・バンドのメンバーを引き延ばして描いた『Cahoots』表ジャケットの印象的なポートレート) の素晴らしい作品を複製したリトグラフ3点も収録されている。そのほかにも、オリジナル・レコーディング・セッションの歴史的なデータやその他の情報などが豊富に収められている。限定版の180g重量盤LPは、チップオン・ジャケット仕様となっており、このパッケージのみバリー・ウェンツェル撮影のリトグラフを同梱している。

 『Cahoots』の50周年記念エディションは現在予約受付中。本日公開された「Life Is A Carnival」 (2021年ステレオ・ミックス) では、ニュー・ミックスを試聴できる。これはストリーミング配信されており、デジタル・アルバムを予約した場合はすぐにダウンロードできる。 (「Life Is A Carnival」の試聴と『Cahoots』50周年記念エディションの予約は次のリンクから : https://TheBand.lnk.to/CahootsPR)

 これまでにリリースされた『Music From Big Pink』、『The Band』、『Stage Fright』の50周年記念エディションは、いずれも高い評価を受けてきた。これら3タイトルがそうであったように、今回リリースされる『Cahoots』の50周年記念エディションでも、クリアマウンテンとロバートソンはザ・バンドの楽曲と活動に最大限の配慮を払いながらリミックスを行った。とはいえ『Cahoots』のミックスに関してロバートソンが有能なミキシング・パートナーであるクリアマウンテンに指示を与えたとき、従来とは大きく違う点がひとつあった。オリジナル・ミックスに不足しているものがあると感じていたロバートソンは、その足りない部分を補うようなミックスを施すよう、クリアマウンテンに要求したのである。クリアマウンテンは、ライナーノートの中で次のように振り返っている。「『Cahoots』については、ロビーからこう言われたんだ。”オリジナル・ミックスのことはラフ・ミックスだと思ってほしい。オリジナル・ミックスそのものはあまり気にしなくていいから”ってね」。こうした指示を踏まえて、クリアマウンテンはアルバムに採用されていたオリジナルのアレンジを部分的に修正した。そしてそんな彼の判断に、ロバートソンも賛同している。「あのアルバムのレコーディングを始めたころは、どういう結果になるのかわかっていなかった。誰も耳にしそうもないもうひとつの『The Basement Tapes (地下室 (ザ・ベースメント・テープス) ) 』を作ろうとしているのか、それとも本物のアルバムを実際に作っているのか、わからなかったんだ」と彼は認める。ロバートソンは、過去の技術の限界を最新技術によって補うことでザ・バンドの初期3作品が音質面で向上したと感じていた。とはいえ『Cahoots』のリミックスに際して、彼はクリアマウンテンにさらなる指示をしている。「今回はボブにこんな風に注文した。”決まったルールは何もない。だからミックスするときは、一からやり直したい。オリジナル通りのものを聴きたいとも思わない。今の感覚で聴いてみたいし、大胆不敵に、実験的にやってみたい”と……」。

 クリアマウンテンがロバートソンの希望を念頭において作業にあたったことは明白だ。それは彼が手がけた2021年版の新たなステレオ・ミックスに耳を傾ければすぐにわかる。ドラムズやベースは以前よりもパンチの効いたクリーンなサウンドになっており、またギターやオルガンを少し抑え気味にしたことで一部のヴォーカル・パートがより前面に出ている。さらにザ・バンドの主要作品には初めて採用される画期的なドルビー・アトモス・ミックスでは、音の広がりが際立って顕著に感じられる。『Cahoots』のアトモス・ミックスでは、リスナーは周囲をザ・バンドのメンバーに囲まれた状態で演奏を聴くことができる。そして、この上ない臨場感を体感することができるのである。ロバートソンは次のように結論づける。「僕が本当に作りたかったのは、こういうレコードなんだよ。今回の『Cahoots』が、このアルバムの本当の姿だ。これは旅だよ。特別なものなんだ」。

 1971年の5月から6月にかけて、ザ・バンドはヨーロッパ・ツアーを行っている。彼らがヨーロッパに渡るのは、ボブ・ディランのバック・バンドを務めた1966年春の騒々しいツアー以来のことだった。そのツアーでは、ディランがザ・ホークス (のちのザ・バンド) をバックにエレキ・ギター中心のロック・サウンドで演奏した結果、それを裏切りと感じたフォークの純粋主義者たちがどこのステージでもブーイングを浴びせていた。それから5年間ヨーロッパで演奏していなかったザ・バンドの面々は、当然のことながら警戒心を抱き、先に何が待ち受けているのかわからずにいた。しかしツアー初日のドイツはハンブルグ公演ではブーイングや罵声を浴びるどころか熱烈な歓迎を受け、その後のコンサートでも観客は熱狂的な反応を示した。そうして1971年5月25日にオランピア劇場で行われたパリ公演も大変な盛り上がりになり、ザ・バンドにとっては特に思い出深いライヴのひとつとなった。ロビーはこのコンサートを次のように振り返る。「あそこに行くのはボブ・ディランのパリ公演以来だったけど、ディランのときは完璧な大惨事だった。だから、今度こそフランス人のために特別な演奏をしたいという気持ちがすごく強かった。オランピアでは、ある種の感情を沸き立たせたいと思っていた。あのライヴをやったとき、それができたと思った」。

 ザ・バンドはこのヨーロッパ・ツアーで一晩2セットのコンサートを10回行ったが、セットリストは毎回同じだった。このパリ公演のセットリストもそれを反映している。このコンサートの模様はフランスのラジオ局が録音し、現地メディアによって撮影も行われた。そのうち現存しているのは残念ながら後半部分の音源だけだが、そこにはザ・バンドの名曲の数々が並んでいる。ここに収録されているのは、「The W.S. Walcott Medicine Show (W.S.ウォルコット・メディシン・ショー) 」、「We Can Talk」、フォー・トップスがヒットさせたスティーヴィー・ワンダーの作品「Loving You Is Sweeter Than Ever」、「The Night They Drove Old Dixie Down (オールド・ディキシー・ダウン) 」、「Across The Great Divide」、「The Unfaithful Servant (アンフェイスフル・サーヴァント) 」、「Don’t Do It (ドント・ドゥ・イット) 」、ガース・ハドソンが大活躍する「“The Genetic Method」、同曲に続いて演奏される「Chest Fever」、「Rag Mama Rag」、そしてリトル・リチャードの大ヒット曲「Slippin’ And Slidin’」の熱狂的なカヴァー・ヴァージョンといったトラックである。このパリ公演の後半を記録した音源は、今回の拡張版のディスク2に”bootleg partial concert”として収録されている。全曲を完全に収録したものではないとはいうものの、この興奮に満ちた11曲のライヴ・トラックは、当時のザ・バンドが披露していたステージの素晴らしさを直截に伝えてくれる。

 1971年9月15日にリリースされた『Cahoots』には、「Life Is A Carnival」や「When I Paint My Masterpiece」など、ザ・バンドのとりわけ人気の高い不朽の名曲の数々が収録されている。今回のライナーノートでは、長年ザ・バンドのツアー・マネージャーを務めたジョナサン・タプリンが「Life Is A Carnival」のヒントとなった出来事について語っている。タプリンによれば、ロバートソンはマルセル・カルネが監督した映画『Les Enfants du Paradise (天井桟敷の人々) 』 (1945年) の奇妙な登場人物たちに夢中になっており、また青年期にはトロントで開催されたカナダ・ナショナル・エキシビションで働いたこともあった。そうした経験から「Life Is A Carnival」が生まれたのではないかとタプリンは述べている。この曲でザ・バンドは、非の打ち所のないスタイルでグルーヴを作り出していた。さらにニューオリンズの伝説的なR&Bプロデューサー、アラン・トゥーサンにホーン・アレンジを依頼した結果、とてつもなくファンキーな最高のホーン・セクションが加わり、マルディグラ風の雰囲気が生み出されている。

 一方「When I Paint My Masterpiece」は、ザ・バンドの盟友であるボブ・ディランがスタジオを訪れた際に生まれた曲だ。リヴォン・ヘルムのマンドリンとガース・ハドソンのアコーディオンがディランの歌詞にぴったりのヨーロッパ風の雰囲気を醸し出し、この曲はたちまち名曲となった。CD1の終盤に収録されているこの曲の別テイクは必聴だ。そちらのテイクのイントロは、採用テイクで聞ける25秒間のフェードインとは違い、より前面に出たマンドリンの和音と厭世的なリヴォンのヴォーカルで始まる。またガースのアコーディオン、リック・ダンコの躍動感あふれるベース、リチャード・マニュエルの粘りのあるドラムズにも違いがある。 (マニュエルはリヴォンがマンドリンを弾く場合にドラムズを担当することが多かった。)

 また、『Cahoots』のレコーディングには当時ウッドストックに住んでいたもうひとりの有名人も参加した ―― ヴァン・モリソンである。彼は「4% Pantomime」で強烈なヴォーカル・パフォーマンスを披露している。ある日の午後、モリソンはロバートソンの作曲スタジオに立ち寄った。そしてロバートソンが作りかけの曲のコードやメロディをピアノで弾くのを聞くうちに、いつのまにかリチャード・マニュエルを見つめながら歌詞を作って歌っていたという。モリソン (ロバートソンから” Belfast Cowboy (ベルファストのカウボーイ”というあだ名で呼ばれていた) はこの曲にひどく興奮し、その日の夜に全員でスタジオに行ってレコーディングしようと提案した。それから数時間後、何度か失敗を繰り返したあとで、「4% Pantomime」は正式にテープに記録された。完成したヴァージョンでは、モリソンとリチャード・マニュエルがすぐそばで向かい合いながら熱のこもったヴォーカルを歌い交わしている (マニュエルはピアノの演奏も担当している) 。さらにリヴォン・ヘルムも彼ならではのバック・ビートを叩き、ガース・ハドソンが曲にふさわしいオルガンをかぶせている。 (CD1には不採用となったこの曲の別テイクが収められており、今回の拡張版に収録されたアウトテイクの中でもハイライトのひとつとなっている。)

 『Cahoots』は、米ビルボード誌のアルバム・チャートで最高21位を記録。ザ・バンドにとって4枚連続でトップ30入りアルバムとなった。リリースから半世紀が経過した今も『Cahoots』は名盤として高く評価されているが、今回のニュー・ステレオ・ミックスやサラウンド・ミックスは長年のファンにとっても、またザ・バンドの音楽に初めて触れる聴き手にとっても、アルバムの内容をさらに生き生きと伝える新鮮な仕上がりになっている。信じられないかもしれないが、この『Cahoots』には、”two bits a shot (1杯25セント) “ どころではない大きな価値がある。