高中正義『ALL TIME SUPER BEST』
1971年のデビューから今年で50年、1976年のソロ・デビューから45年。日本のロックの黎明期を経て、クロスオーバーの台頭期から日本のギター・インストゥルメンタル・ミュージックを作り上げた第一人者が高中正義。彼は長いキャリアの中で独自のギター・サウンドだけでなくオリジナルな作風までを確立した、日本では数少ないギタリストの1人だ。彼ならではのキャッチーなメロディ、そしてエフェクターを効果的に使った七色のギター・トーンは多くの音楽ファンを魅了してきた。現在50代から60代の人には彼の影響でギターを弾き始めた人も多く、ギター人口を広げたという点でも功績は大きい。
そしてこの度、デビュー50周年を記念して初のオールタイム・ベスト・アルバムが作られた。これまでに所属したレコード会社であるキティ時代、東芝時代、それぞれでベスト・アルバムは何種類も組まれてき東芝時代のベスト・アルバムにはキティ時代の曲が盛り込まれたこともある。しかし、2000年以降のラグーン・レコード時代の曲が組み込まれたことはこれまでになく、その点からも今回は意義のあるベスト・アルバムだと言えるだろう。
また、本作品は CDで3枚組という形態をとったので、ボリュームも満点。合計43曲が収録されている。デビュー50周年という名目ではあるが、実質的にはソロ・アーティストとしての高中正義に焦点を絞っているので、正確にはソロ・デビュー・アルバム『SEYCHELLES』(1976年)から、現時点での最新作『MY FAVORITE SONGS』(2015年)までのオリジナル・アルバムからの選曲ということになる。キティ時代が18曲、東芝時代が17曲、ラグーン時代が8曲という構成だ。ライヴ・アルバム、企画アルバムを除外したオリジナル・アルバムを32枚と算定し、その中からのセレクションだ。
ここでもう一つ、本作の最大の特徴を述べておきたい。高中正義は毎年恒例のコンサートで、セット・リストを決める参考にするため、これまでにも公式ページにてファンからのリクエスト曲を募ることがよくあった。今年もその方式が採用され、「あなたの好きな曲」リクエスト!! が7月16日(金)17:00より8月7日(土)23:59までリクエストを受け付けた。これがベスト・アルバムの選曲にも連動する方式をとっており、つまりはファンに収録曲を決めてもらうことになる。そういう意味で、ファンの声を汲み取ったメモリアルなベスト・アルバムと言えるだろう。
ファンからの投票数は4万を超えた。それをどのように整理するかが、レコード会社の腕の見せ所だ。まず、オリジナル・アルバムは32枚それぞれの中より、1枚から最低でも1曲は収録するという縛りを設けた。50年のヒストリーという流れを作るためだ。人気曲が多くて曲数が分散したアルバムからは2曲選び、ミニ・アルバムとして発売された『FINGER DANCIN’』やシングルで発売された「TO YOU」さらに『alone』にソノシートで付録として収録されていた「WHITE LAGOON」も収録してある。
ラグーン時代になってからはオリジナル・アルバムと企画アルバムの境界線が曖昧になっているが、セルフ・カバーや他のアーティストのカバーでも、オリジナル曲と並べて遜色なければ採用し、2015年まで範囲を広げて収録。そうすることによって、高中正義の現役感をアピールすることにも成功している。また、曲は時系列に沿って並べてあるので、突拍子もない曲順の展開はない。これは正解だと思う。その方が時間軸に沿って流れを楽しむことができるからだ。新たに施したリマスターについては、録音された年代も違い、楽曲としての幅も広いので、どの時代にも高中正義の曲が持っている躍動感を活かす方向で全体に統一感を出している。
それでは3枚のCDをご紹介しよう。まず、DISC.1①からDISC.2⑤までの17曲がキティ時代(1976年~1983年)からの選曲。フレッシュな清涼感が魅力である。採用された曲は、別途ご覧の通りである。最初にも申し上げたように、この投票はコンサートのセット・リストへのリクエストであることが主軸であり、近年のコンサートで演奏していないが久々に生で聴いてみたいという「SWEET AGNES」のような曲もちらほら見受けられる。その反面、このところ頻繁に演奏されていた人気曲「I REMEMBER CLIFORD」に票が集まらなかったりと、予測不可能な現象も起こっている。
「SWEET AGNES」「BLUE LAGOON」「MY SECRET BEACH」「 YOU CAN NEVER COME TO THIS PLACE」「ALONE」「TO YOU」はシングルでも発売された手堅い曲。「READY TO FLY」「 BELEZA PULA」もシングルB面曲になっていた。「サヨナラ‥ FUJIさん」「MY SECRET BEACH」では、高中正義本人のボーカルも聴ける。また、初期の大きな機軸であった「MAMBO No.5」に代表されるラテン路線の曲が選ばれなかったのは残念なところであるが、そのフレイヴァーはラテン・パーカッションを擁するバンド編成の中で高中サウンドの特徴の一つとして昇華されている。そして、キティ時代の後期であるDISC.2の「我ら星の子」「SUMMERTIME BLUES」あたりから打ち込みが使われるようになる。これも時代の流れが感じられて懐かしい。
また、1枚のアルバムに多数のリクエストが分散したため今回は惜しくも収録されなかった曲もたくさんあった。「トーキョー・レギー」「MAMBO No.5」「AN INSATIABLE HIGH」「SEXY DANCE」「NIGHTS」「TAJ MAHAL」「珊瑚礁の妖精」「Le Premier Mars」「CRISTAL MEMORIES」「PLASTIC TEARS」「リオの夢」「Saudade」「The Forest of My Heart」「CAN I SING ‥ FOR YOU」「JUMPING TAKE OFF」「STRAIGHT FROM YOUR HEART」「EYELANDS」などがたくさんのリクエストをいただきながらも止む無くカットされている。
続いてDISC.2⑥からDISC.3⑥までの17曲が東芝時代(1984年~1999年)。この時代のサウンドを一言で表すなら、ゴージャスな躍動感だろうか。まさに日本経済がバブルの時代と重なるだけに、CMタイアップ、TY番組のテーマといった冠のついた曲も多い。それだけに全てを網羅するのは難しいうえにマニアライクなリクエストも多く、票はバラけたという印象。「China」「渚・モデラート」「SHAKE IT」「Biscayne Blue」「Into The Sky」はシングルでも発売されており、選曲として妥当なところだ。東芝時代は全体的にダンサブルにハジける曲が多いという印象だったが、「My Love」「Heaven」のようなバラード路線も定着した。機材の発達や海外録音の増加により、打ち込みのサウンドはより過激になっていったが、新たに加わった新機軸のバラード路線は過激なサウンドに疲れた当時のリスナーからも多大な指示を得ることになった。
この時期ではたくさんのリクエストをいただいた「Chase」「エピダウロスの風」「ILLUSION」「ALL NIGHT」「SUMMER YOU」「Shady Lady」「Suite“Keys”」「THE PARTY’S JUST BEGUN」「GIVE ME A CHANCE」「Can You Feel It」「BALLAD 2U」「BLUE STRIPE」「ANOTHER SUMMER DAY」「KOREYA!」「FLIGHT」「WHO?」「BEACH」「Super Band」「Victory Goal」「獅子座流星群」を止むをえずカット。
そしてDISC.3⑦から16までの8曲がラグーン時代(2000年~現在)。安らぎにも似た穏やかさが心地よい。この時期はメジャー・レーベルに所属することによる数々のしがらみから逃れて自由な創作環境を得ただけに、良い意味でやりたい放題。そのため、オリジナル・アルバムと企画アルバムとの境界線が次第にあやふやになってきている。DISC,3の「BLUE LAGOON」はリー・リトナーとのアコースティック・デュオ、「蜃気楼の島へ」はデビュー・アルバムの曲をウクレレで、という趣向のセルフ・カバーである。「Swept Away」はギタリスト、ピーター・ホワイトのカバーなのだが、まさに高中にぴったりの曲。誰がどう聴いても高中のオリジナルに聴こえるだろう。新曲は徐々に少なくなっているのだが、素晴らしい曲はたくさんある。絶妙なスライド・ギターやドブロ・ギター、ワーミー・ペダルの使用などの新境地も聴きどころだ。
この時代では「MEDLEY #9」「LAGOON FLIGHT」「一天の曇りなし」「弾くぜ!BABY」「BLUE BIRDS」「LAGOON DAYDREAM」「Walking Toward the Rainbow」「夏窓」「夏の日の恋」「Saint-Tropez」といった曲が、リクエストをいただきながらも止む無くカットされている。
そして最後は、再びキティ時代の音源から、82年のアルバム『alone』にソノシートで付録として収録されていた「WHITE LAGOON」で締めくくっている。「BLUE LAGOON」のバリエーションでもあるこの曲は、高中奏法の一つであるエコー&ボリューム奏法を駆使したウインター・バージョン。初CD化ではないが、現在は入手が難しいと思われるこの曲で静かに終わるという配置はなかなか技ありと言えよう。
なお、本作のもう一つの目玉はDISC,4のDVDに収録されたライヴ映像である。本作には『TAKANAKA SUPER LIVE』(1981 LIVE)と『GUITAR FANTASIA』(1982年8月8日 横浜スタジアム LIVE)を収録。前者は1981年の日本武道館『虹伝説』(1981年3月11日12日の)第2部における通常のセット・リストからと、サンタナと共演した横浜スタジアム(1981年8月2日)の模様から高中バンドによる演奏部分が収められており、虹伝説のメンバーによる当時の演奏を楽しめる。なお、「BLUE LAGOON」だけは両方の映像をクロスさせており、横浜スタジアムの映像はセカンド・ギターに是方博邦が加わったラインナップだ。後者はアルバム『SAUDADE』のレコーディングにおけるナラダ・マイケル・ウォルデンを中心とするメンバーによる横浜スタジアムの模様を収録。いずれも、若き日の高中正義を記録した貴重な映像作品だ。キティ時代の作品はレーザー・ディスクやVHSテープでの発売だったため、現在では廃盤になっているモノが多い。また、当時は60分の収録で1本が15,000円と高価な商品だった2作品が、1枚のDVDに2in1で収録されており、しかもボーナス・ディスク的な扱いではあるとは、なかなか粋な計らいである。
また、1枚でリリースされた『TAKANAKA ALL TIME SUPER BEST~SELECTION』は、言わば高中正義を初めて聴く人への入門編。3枚組に収録された43曲の中から、さらに厳選された15曲が収録されている。また、こちらに収録されている「READY TO FLY」はシングル・バージョン。アルバム・バージョンは7分を超えるのだが、イントロのボイス・パーカッション部分を丸ごとカットし、エンディングのギター・ソロも早めにフェイド・アウトすることで5分ジャストに編集してある。初CD化ではないが、これはこれで貴重なバージョンだ。
これらの作品を聴いて改めて感心したのは高中正義というアーティストはギタリストであること以上に作曲家であるということ。キャッチーなテーマ・メロディはもちろん、スリリングで誰もが心躍らせたお馴染みのギター・ソロにもしっかりと起承転結があることに気付く。全てが、行き当たりばったりのフレーズ、手癖フレーズを良しとしない、完璧主義の高中正義による “作曲” なのである。我々が聴いているのは、練りに練られたメロディとソロなのだ。ギター・インストというジャンルの第一人者として不動の地位を築いた秘密はそこにある。キャッチーなメロディとご機嫌なリズムが上手く組み合わされば、人の心を動かさずにいられない曲が出来る。高中正義の音楽はそれを証明している。また、インストは歌詞が無いだけに様々な解釈で、イマジネーションを膨らませる余地が残っている。だから、リスナーは曲を自分自身の感情に置き換えることが出来る。それは大きな強みだ。高中正義の現時点における集大成として聴き応え充分な決定版である。
近藤正義
『TAKANAKA ALL TIME SUPER BEST』
CD(SHM-CD)3枚組+DVD/UPCY-7737/5,500円(税込)
『TAKANAKA ALL TIME SUPER BEST~SELECTION』
CD(SHM-CD)1枚/UPCY-7738/2,750円(税込)
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