BIOGRAPHY

STEELY DAN / スティーリー・ダン


A _steelydan67年ニューヨークのバード・カレッジで知り合ったド ナルド・フェイゲン(48.1.10生まれ) とウォルター・ベッカー(50.2.20生まれ)は一緒に作曲活動を開始。 ABC/ダンヒル・レコードのA&Rのゲイリー・カッツの招きでレーベルの専属ソングライターとして契約したが、 結局自分達で録音することになり、72年シングル「ダラス」でデビュー。次いで発表したアルバム『キャント・バイ・ア・スリル』 からのファースト・シングル「ドゥ・イット・アゲイン」が好評を集めアルバムもヒット。74年のサード・アルバム『プレッツェル・ロジック』 のツアー終了後は、腕利きミュージシャン達を贅沢に使ったスタジオ録音プロジェクトとなり時代を先行する斬新なサウンドを作り続け、 殊に第6作『彩(エイジャ)』は全米最高3位を記録する大ヒット作となったが、80年の『ガウチョ』を最後に翌年コンビ解消を発表。 フェイゲンはソロ活動に入り、ベッカーはプロデュースなど裏方で活動。92年製作のフェイゲンのソロ第2作のプロデュースにベッカーが参加し、 ライヴ・イベントでも共演したのをきっかけに、翌年スティーリー・ダンとして全米ツアーを行う。94年には初の来日公演。 95年にはライヴ・アルバムを発表。96年に再度全米ツアーと来日。 99年秋に『彩(エイジャ)』のメイキング・ビデオが発売され音楽ファンの注目を集める中、 遂に2月末には実に20年ぶりとなるスタジオ・アルバムを発表する。