『ロール・オーヴァー・ベートーヴェン』カヴァー比較
思えばザ・ローリング・ストーンズ(以下ストーンズ)もザ・ビートルズも、ともに「先達」の名前を拝借したバンド名だ。それぞれマディ・ウォーターズとバディ・ホリー&ザ・クリケッツだが、それはそのままバンドの志向性の違いにも表われている。大雑把に言ってしまうと、ストーンズは黒人音楽のブルースと、ジャズとブルースから派生したリズム&ブルースであり、ビートルズはイギリスのスキッフルであり、アメリカの黒人のリズム&ブルースと白人のカントリー&ウェスタンが融合したロックンロールである。
カヴァー曲にもそれぞれの音楽性の違いが顕著だ。実際、デビュー後に両者がともにオフィシャル曲として演奏した曲はほとんどない。ジョンとポールがストーンズにプレゼントした「彼氏になりたい」はもちろんだが、それ以外だと「マネー」のみである。そこに今回発売されるストーンズの『オン・エア』とビートルズの『ライヴ!アット・ザ・BBC』の両者のBBCラジオ音源を加えると、ストーンズのオフィシャル曲「かわいいキャロル」と「トーキン・バウト・ユー」とビートルズのオフィシャル曲「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」、さらに両者のラジオ演奏曲「メンフィス・テネシー」も仲間入りとなる。
「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」のカヴァーについての比較
「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」はチャック・ベリーが56年に発表したシングル曲で、今やロックンロールのスタンダードとして知られている。ストーンズもチャック・ベリーの曲を数多くカヴァーし、86年にはチャック・ベリーの還暦記念コンサートをキース・リチャーズがプロデュースし、翌87年には映画『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』としても公開された。いっぽう、「ビートルズとチャック・ベリー」といえばジョン・レノンの独壇場である。「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」も、デビュー前の61年まではジョンが自分のレパートリーにしていたが、デビュー後にジョージ・ハリスンの持ち歌となり、64年の初のアメリカ公演や91年の唯一の日本公演でも演奏されるなど、今やジョージの代名詞的な1曲になった。
チャックのオリジナルは凹凸の少ない淡々とした演奏だが、ビートルズ・ヴァージョンは、出だしのジョージのギターからしてノリが良く、ジョージの爽やかなヴォーカルが際立つ軽快なロックンロールに仕上げられている。決め手は全編にわたって鳴り響く手拍子のビート感である。
対してストーンズの演奏もストレートだが、ミックのヴォーカルはチャック・ベリーのオリジナルに忠実で、声質に粘り気があるので、健気なジョージの歌声とは対照的だ。曲だけを取ると、ビートルズには洗練されたお行儀の良さがあり、ストーンズには無鉄砲なやんちゃさがある。ということで、「ベートーヴェンをぶっとばす」のは、間違いなくストーンズのほうだ。
と、このように、「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」の両者のアプローチの違いは、白人ならではのロックンロールを生み出そうとしたビートルズと、黒人のブルースに少しでも近づこうとしたストーンズとの違いと言ってもいいかもしれない。ブリティッシュ・ビートのぶっといサウンドの基盤を作り、その屋台骨を支え続けたストーンズと、その魅力の幅をよりポップ・フィールドへと広げたビートルズ。“職人集団”と“翻訳の天才”の違いが「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」のカヴァーから伺えるのが面白い。
テキスト:藤本国彦
☆iTunesにてプリオーダー(予約受付)実施中!