『ファット・ポップ』全曲解説
『ファット・ポップ』各曲のストーリー
1. コズミック・フリンジズ
特定の誰かのことを歌ったわけではないよ」とウェラーは言う。「でも、もしかすると常にアイディアをブレインストーミングしているくせして、何一つとして実行できないでいるどこかのキーボード戦士のことかもしれない。口先ばかりで何もしないやつさ」
「最初のデモではかなりパンク風、ちょっとストゥージズみたいで、今はまるで違うものになってしまった。その時はドラムとベースだけにしようかと思っていたんだ。シンセを乗っけることで、メカニカルな感じになったと思う。少しグラムロックっぽさも」
2. トゥルー
英気にあふれるサウンド、何かを探すかのような歌詞、安定のホーン隊、怒りをかき鳴らすギター、朝の目覚めに聴いたなら一日中でも口ずさんでしまうメロディ、とこれまでもポール・ウェラーの名曲には必ず備わっていた要素をすべて備えた曲。素晴らしいヴォーカルをポールと分け合うのは、ザ・ミステリンズのシンガー、リヴァプール出身のリア・メトカルフだ。
「彼女のバンドはすごく気に入っている。彼女の歌も大好きだ」と言うポール。「ライヴで同じスタジオで歌えたことはものすごく大きな違いを生んだと思う。彼女の歌声は実にパワフルだ。何か二人で歌える曲を書きたいと思って書いた曲。電話に入れてあったデモをリアに送り、その2週間後レコーディングした。それが(2020年)9月頃。アルバムに関してやったことでは、それが一番最後だったよ」
3. ファット・ポップ
あの最高にヘヴィなベースラインは?
「あれは僕が弾いたんだよ。レコーディング中、サイプレス・ヒルのことを考えていた。DJマグスのプロダクションみたいなサウンドさ。ちょっとその要素は入っている。アルバムの中でもお気に入りの1曲だ。どんな時も音楽は僕のそばにいてくれたという、そんなことを歌っている」
4. シェイズ・オブ・ブルー
古典的3分間ポップス版英国キッチンシンクドラマ[50年代冷戦下のイギリスの文化に起きた社会派リアリズムを汲む流れ。労働者階級家庭の苦境が描かれる点で“怒れる若者たち”とシンクロ]。ポール・ウェラーと娘のリアが共作。ヴォーカルにも参加している。
「リアがコーラス部分を書き、最後曲を書き上げるのを手伝ってくれた。ヴァースを書いたのは僕だよ。郊外を舞台に繰り広げられる演劇をどこか思い起こさせるね」
5. グラッド・タイムズ
“様々な色合いの青”の中で切なさに煌き輝く「グラッド・タイムズ」を支配するメランコリアは、ウェラーの頭の中にしばらく前からあったものだと言う。「これはトム(・ドイル)とアント(・ブラウン)と書いた。大抵彼らと書く曲は、まず二人からバッキング・トラックが送られてきて、そこから曲にして行く。しばらく前から手元にあり、『オン・サンセット』でも入れる寸前だったんだが、やはり違うということでやめていた。でもすごく好きな曲だったので、今回アルバムに入れられて本当に嬉しいよ」
6. コブウェブ/コネクションズ
牧歌的な雰囲気の中、向けられる視線の先は自分自身。ポール・ウェラーの美しいアコースティック・ギターのソロと、ハンナ・ピールのストリングスのスコアをフィーチャーした曲だ。
「この曲が言わんとしているのは、人は自分らしく、自分にハッピーでいられればいられるほど、よりよい自分に変われるということ。自分のためだけじゃない。すべての人にとっていいことなんだ。“自分を救おう、周りの人間を救おう” と歌っているのは、そういうことさ。世の中を見ていて感じたことであると同時に、僕自身のことでもあるね」
7. テスティファイ
最高にクールに闊歩する、スタジオで一発録りで録音されたナンバー。アンディ・フェアウェザー・ロウが聴けばすぐに分かるヴォーカルを、ジャッコ・ピークがごきげんなフルート/サックスを聴かせる。近い将来、誰もが自由に家を出られるようになった暁には、間違いなくライヴのお気に入り曲になるだろう。
「実は2〜3年前にもライヴでやったことがあったんだ」とウェラーは言う。「曲のグルーヴはすごく気に入っていたんだが、どうしても自分のものにできずにいた。ギルドフォードのチャリティに出た時ーーおそらくそれが最近の中では最後のギグの一つだったと思うーースタックス・レーベルの曲を何曲か、アンディ・フェアウェザー・ロウとやったんだ。僕らの声の相性はとてもいい。おまけに彼はすごくラブリーでいいやつなんだ。それでバッキング・トラックを送ったんだ。ロックダウンが解除になり次第、すぐスタジオに来てくれた。半日でライヴ録りでできたのがあの曲だったのさ」
8. ザット・プレジャー
一連のソウルフルな曲の中にあって“偽善を捨てろ”と歌うポール・ウェラーの声からは、かろうじて抑えているかのような怒りが感じられる。
「ブラック・ライヴズ・マターをめぐるムーヴメントに対する僕なりの回答なんだと思う」と彼は言う。「それを曲にするのはデリケートな問題でもあるが、自身の肌の色に関係なく、人間なら誰もがなんらかの感情に気持ちが乱されて当然だ。ジョージ・フロイドが白昼堂々殺されるあの映像に、人は恐怖、嫌悪、ショックを感じるべきだ。あんなことはもう起きてはならない。人間全員が問われているんだ」
9. フェイルド
“僕が手に入れられなかったすべてのもの/僕にはそのつもりはなかったすべてのこと/そしてなんの意味もなさないすべてのことに… 僕は負けた”
「そう。これは自分への問いかけだ」と認めるウェラーがソングライティングを通して、自己内省を恐れたことは一度もない。
「とても怒ってる曲なんだ。妻と大げんかした直後に書いた曲だったんでね。でも気に入っているよ。正直な気持ちだからね。僕がいつもこういう気持ちでいるっていうんじゃなく、こういう時もたまにはあるってこと。一人の男として自分のことを歌っている。何を成功と見るかは人それぞれだからね」
アルバム中、ずば抜けて気に入っている曲の一つでもあるそうだ。
10. ムーヴィング・キャンバス
ずっしりとパーカッシヴなグルーヴを持つ、トラフィックを彷彿とさせる曲だが、聴こえてくるのは今のこの時代の音である。
「これもライヴで演ったら映える曲だね。イギー・ポップのことを書いた曲なんだ。もし聴いてもらえるようなことがあったら、気に入ってもらえると嬉しいよ。僕から彼へのトリビュートだ。サウンドは全然彼っぽくないけれど。彼がこれまで作ってきたレコードはどれも最高だということを抜きにしても、一人のパフォーマーとして存在そのものがハイ・アートだ。イギーに関するあらゆることについての曲さ」
11. イン・ベター・タイムズ
美しいサックスとギターのブレイクを持ち、悲しげに懇願する曲。“きみの瞳が湛える冷たさがぼくを傷つける わからないの? この心は真っ二つだよ”
「今、何か人生の辛いことを経験している若い子、たとえば中毒やメンタルヘルスの問題に苦しんでいたり、何であれーー彼らに僕から大丈夫だよと言っているんだ。今を乗り越えれば、いいことが絶対に待っている。あとになって振り返ったら、きっと違う目で見ることができるということだ」
12. スティル・グライズ・ザ・ストリーム
ポール・ウェラーと盟友ギタリスト、スティーヴ・クラドックによる威風堂々たるコラボレーション。
「僕が書いたコード、そしてメロディのアイディアをクラドックに送ったところ、彼から詩が送られてきたので、僕がそれをエディットして…というように電話でやりとりを繰り返した。まさにロックダウン・ソングライティング。彼のその詩がすごく気に入ったんだ。僕がイメージしていたのは、僕らの街路を掃除してくれている男。とてもいいやつなんだ。で、考えるようになったんだ。この国にはそういうインフラを支えてくれる人が大勢いて、彼らなしでは僕らの生活は機能しない。ところが彼らの存在はどこか蔑まれ、誰からも気にされない。それで彼らのストーリーを想像しながら書いたのさ。同じタイトルの本があって(フローラ・トンプソン著)クラドックも本屋で見たって言ってた。というわけでタイトルはそこから来たよ。そこに秘められたポエトリーがとにかく好きでね。スティーヴは実にソウルフルな男だ」