第5回:マッカートニーⅡ(詳細その2)

 
連載5回目は、“マッカートニー・シリーズ”の2作目となる『マッカートニーⅡ』の内容を中心に紹介していくことにする。

 
生粋のミュージシャンであるポール・マッカートニーにとって、曲を書くのはほとんど趣味のようなものなのだろう。どこからかやってきたメロディを捕まえて、(おそらく)一筆書きのようにさらっと、いとも簡単に仕上げてしまう。一度聴いただけでもすぐに覚えられてしまうメロディの断片の多さも、ポールの持ち味だ。たとえば69年1月のゲット・バック・セッションでも、これでもかというぐらいに、「いきなりスタンダード曲入りか?」と思えるような一節をピアノで連続的に披露している。その中には、当時は未完成だった「Another Day」や「Back Seat of My Car」があるかと思えば、「Song of Love」や「The Palace of the King of the Birds」のように、完成していたら良かったのに、と思わせる曲もある。

しかし、だ。いつなんどきでも曲を書こうと思えば書けてしまうポールは、常に“新曲”を書くことに余念がない。そこがまた、ポールのポールたるゆえんである。

 
『マッカートニー』から10年後の80年5月16日に発売された『マッカートニーⅡ』も、ポールが目を前に向けて臨んだアルバムだった。だが『マッカートニー』の時とは大きく異なることがある。『マッカートニー』は、いわばビートルズ解散を受け入れる(自分に言い聞かせる)ために作ったアルバムだったが、『マッカートニーⅡ』は、あくまで自分の楽しみのために作ったものだったということだ。ただし、その背景には、ウイングス=バンド活動から(なぜか)離れたいと思ったポールの心境の変化もあったと思われるが、いずれにしても、再びポールは、たとえ息抜きで始めたものだったにせよ、一人で(本格的に)新曲を一から仕上げたいと思ったのだ。

 
さて、では一人で何をやるか?

『マッカートニー』のテーマは、言ってしまえば“一人ビートルズ”だったが、今回はいわば“ポール・ミーツ・テクノ”である。ポールがテクノに興味を持ったのは、イギリスでも人気が高まっていたYMOや、79年7月にバレット・ストロングの「マネー」(ビートルズもカヴァー)をカヴァーしてヒットさせたフライング・リザーズをはじめとした、当時流行りのサウンドへの興味が間違いなくあったからだ。テクノを自分なりにお遊びで消化しようとしていたのは明らかだし、流行の最先端に耳を傾けるのは、21世紀の現在でも変わらないポールの音楽への向き合い方でもある。ちなみにYMOは79年10月16日と24日のロンドン公演で「デイ・トリッパー」を演奏したが、『マッカートニーⅡ』の仕上げの時期にポールは、そのライヴの模様をテレビなどで目にしたかもしれない。

レコーディングはサセックスのローワー・ゲート・ファームとスコットランドのローワー・ロナチャン(ともに自宅スタジオ)で行なわれた。2011年に発売された『マッカートニーⅡ』のアーカイヴ・コレクションによると、79年夏にレコーディングされ、ミックス作業は主に9月にアビイ・ロード・スタジオで行なわれている(「サマーズ・デイ・ソング」は10月にレプリカ・スタジオでミックス。他にアルバム未収録曲やシングルのB面曲などは9月25日から10月中旬にかけてアビイ・ロード・スタジオでミックス)。

『マッカートニー』の時に、まず機材の確認のために「ヴァレンタイン・デイ」などを演奏したのと同じく、今回も、曲名から推測すると、「チェック・マイ・マシーン」(シングル「ウォーターフォールズ」のB面収録曲)をまず録音したのだろう。アルバム制作に関する前作とのもうひとつの違いは、ポールが今回、すべて新曲で臨んだということだ。しかも、曲の断片を準備してからではなく、ほぼまっさらな状態でスタジオ作業を進めたという。

「ほぼまっさらな状態」と書いたのは、1曲だけ例外があるからだ。もともとウイングス用に書いた「ウォーターフォールズ」である。「カミング・アップ」も、スタジオに入る前にもしかしたらイメージはすでに出来上がっていたかもしれない。

全編を通して聴いてみると、クラフトワーク風の「フロント・パーラー」や、富士山をイメージして書いたという「フローズン・ジャパニーズ」(海外は「フローズン・ジャップ」)、陽気な「ノーバディ・ノウズ」など、先に触れたYMOやフライング・リザーズの影響を感じさせる曲があり、それまでのボールのイメージからすると、かなり異色な作りである。

その一方で、アレクシス・コーナーにインスパイアされたブルース調の「オン・ザ・ウェイ」や、「きっと何かが待っている」に続いてまたまたプレスリー調のロックンロール「ボギー・ミュージック」のように、ポールだったらいつでも書けそうな曲をあえてテクノ調に仕上げた曲もある。中には歌詞のない曲もいくつかあるし、「サマーズ・デイ・ソング」のように、インストだった曲に歌詞を少し加えた曲もある。

 
そうした中で、アルバムを代表する曲として挙げられるのは、やはりシングル・カットされた3曲――ウイングスのライヴでも披露された(幻の日本公演でも聴きたかった)「カミング・アップ」と、“ポール・ミーツ・テクノ”の最高傑作と言っていい「テンポラリー・セクレタリー」、そして抒情的なバラード「ウォーターフォールズ」だろう。

『マッカートニーⅡ』での聴きどころはそれ以外にもある。特に、アルバムには収録されなかったシングルB面曲の「チェック・マイ・マシーン」と、クラブDJにも人気が高い「シークレット・フレンド」が素晴らしい。ちなみに、79年11月にクリスマス・シングルとして発売された「ワンダフル・クリスマスタイム」も、この時の(気ままな)セッションでレコーディングされた曲だった。

 
もうひとつ、ポールがシングル「カミング・アップ」やアルバム『マッカートニーⅡ』を公表したことで生まれた重要な出来事がある。「カミング・アップ」こそ、ジョンが音楽活動再開へと気持ちを向けるきっかけとなった曲だったのだ。

ジョンは、80年4月9日に一家でロング・アイランドのコールド・スプリング・ハーバーに到着し、翌日、たまたま車中のラジオから流れてきたポールのニュー・シングル「カミング・アップ」に刺激を受けた。その後も「頭から離れない」と言って、メロディを口ずさんでいたという。そしてすぐさま「ディア・ヨーコ」を作曲し、さらに6月から7月にかけて滞在していたバミューダで「ビューティフル・ボーイ」「ウォッチング・ザ・ホイールズ」「ウーマン」「クリーンアップ・タイム」など9曲のデモ・テープを作成し、復活作に向けて再び歩み出した。

「カミング・アップ」は、B面に収録されたウイングスによるライヴ・ヴァージョン(79年12月のグラスゴー公演より)との相乗効果もあり、80年6月28日に全米1位を獲得した。プロモーション・ヴィデオも秀逸な仕上がりだった。ポールがバディ・ホリーやハンク・マーヴィンなど“自分”も含めて10人に扮した演奏シーンを収めたもので、ドラムのロゴには“THE PLASTIC MACS”と書かれている。これはローリング・ストーンズの映画『ロックン・ロール・サーカス』(68年)に“The Dirty Mac”名義で出演したジョン(プラスティック・オノ・バンド)への洒落た返答でもあった。

…と、このように、どうやらジョンとポールの間には、2人にしかわからない暗号のようなやりとりがあるようだ。「カミング・アップ」でもまたポールからの何らかのメッセージをジョンは受け取ったのだろう。5年ぶりの復活シングルとなった「スターティング・オーヴァー」でジョンは、ポールにまつわる“キーワード”を、歌詞に3箇所紛れ込ませたのだ。

 “It’s time to spread our wings and fly / Don’t let another day go by my love”と。

2人の“仲の良さ”を表わすような微笑ましくも刺激的なやりとりだ。そう思いながら『マッカートニーⅡ』のジャケットを見てみると、これがまた、ジョンの71年の代表作「イマジン』にそっくりなのだった。

 
さらに、ポールがサウンド作りで影響を受けたYMOにまつわる興味深いエピソードもある。YMOの『増殖』(80年6月5日発売)に収録された「ナイス・エイジ」のナレーションは、元サディスティック・ミカ・バンドのミカによるものだが、ミカは、ポールが日本で捕まった時の囚人番号「22番」の状況を「ニュース速報」として読み上げている。そこに“Coming up like a flower”という一節も登場するのだ。

来日時にポールとYMOがレコーディングをするという噂もあったが、「ナイス・エイジ」のレコーディングは79年12月に開始されたようなので、YMOのメンバー(あるいは関係者)が、ウイングスのライヴで披露されていた「カミング・アップ」を観たか、80年4月にシングルて聴いたかし、それが元で歌詞に取り入れ、ポールの逮捕後に「ニュース速報」を追加したのだと思う。

 
『マッカートニーⅡ』は当初2枚組の予定だったが、さすがに「商業的」には1枚のほうがいいという判断があり、最終的には全11曲収録のアルバムとなった。アーカイヴ・コレクションには、選から漏れた曲もすべて含まれているが、「お遊び以上のお遊び」曲もあり、選ばれた11曲(シングルB面を入れると13曲)はやはり順当だった。ただし、リンダやツイッギーらがヴォーカルで参加した「ミスター・H・アトム」は、リンダの声が聴けるという意味でも、オリジナル・アルバムに入っていたら良かったのにと思う。

 
そして『マッカートニーⅡ』から40年。「マッカートニー・シリーズ」の、まさかの3作目が2020年に登場することになった。詳細は次回以降に。

 


☆ 連載「マッカートニー・シリーズとは」
 第1回:マッカートニー・シリーズとは(総論)
 第2回:マッカートニー(詳細その1)
 第3回:マッカートニー(詳細その2)
 第4回:マッカートニーⅡ(詳細その1)
 第5回:マッカートニーⅡ(詳細その2)
 第6回:マッカートニーIII の発売背景
 第7回:マッカートニーⅢの聴きどころ


『マッカートニーⅢ』2020年12月18日発売