BIOGRAPHY
Methods Of Mayhem
アテネ生まれのギリシャ人。2歳の時、両親と共に南カリフォルニアに移住。幼い時から背が高く、「すぐ食器棚に届いた」そうだ。やがて、食器棚から手にし たナイフやフォークをドラム・スティック代わりに使い出し、両親はトミー少年にドラムとピアノのレッスンを受けさせた。そして息子への愛情が高じて、父親 はガレージを防音完備の練習部屋へと改造してしまった。
トミー17歳の時、ベースのニッキー・シックス、ギターのミック・マーズ、ヴォーカルのヴィンス・ニールと共にモトリー・クルー結成。思わず拳を 突き上げたくなるアンセムを書く術を知っていた彼らは、1stアルバム『TOO FAST FOR LOVE』(1981)でロック・ファンの心をわしづかみに。そのキャッチーなリフ満載の音楽はやがて、ロック史をも塗り替える勢いで、LAグラムメタ ル・ムーヴメントの発信源となっていく。その後、悪魔指向ということで議論の的となった『SHOUT AT THE DEVIL』(1983)、よりダークな雰囲気を持つ『THEATRE OF PAIN』(1985)と傑作が続き、『GIRLS, GIRLS, GIRLS』(1987)は究極のロックンロール・アルバム、そして『DR. FEELGOOD』(1989)の大ヒットで、ついにメインストリームへと流れ込んでいく。
90年代に入ると、正真正銘のスタジアム・アクトに成長。しかし1992年にヴィンス脱退。元スクリームのシンガー、ジョン・コラビが後釜に収ま り、94年に『MOTLEY CRUE』をリリース。いわゆる悩めるモダン・ロックのパワーを引き継ぐものだったが、1997年に『GENERATION SWINE』を出す頃にはヴィンスが復帰。まるで勢いを取り戻したかのように、『GREATEST HITS』(1998)、『LIVE, ENTERTAINMENT OR DEATH』(1999)、『SUPERSONIC AND DEMONIC RELICS』(1999)と次々リリース。2000年には『NEW TATTOO』を出すが、ここにトミー・リーの名前はなかった。トミーは、メソッズ・オブ・メイヘムという自分のバンドでレコーディングやツアーを行な い、ちょうどこの頃、元妻パメラ・アンダーソンとのホーム・ビデオ流出で、パパラッチの格好のターゲットとなる。2001年、メンバー全員の協力を得て、 悪名高き自伝本『THE DIRT』が完成。10ヶ月という記録破りの時間を、ニューヨーク・タイムズ紙ベストセラー・ランキングで過ごし、現在、映画化も進んでいる。
しかしそんな中、トミー・リーをモトリー・クルーへと呼び戻したものは、ファンの声、ファンの力だった。当初は『RED, WHITE & CRUE』のリリースに合わせて、新曲を3曲収録するのが目的だったのだが、それはやがて再結成ツアーへと発展。その大盛況ぶりは今さら言うまでもないだ ろう。
最近のトミーは少しでもフリータイムがあると、二人の子供たちと過ごす。長男ブランドン・トーマスは1996年5月6日生まれ。次男ディラン・ ジャガーは1997年12月29日生まれ。トミーはそんな普通の生活も大好きだ。しかし、最近のロックのオリジナリティのなさには辟易しているそうだ。 「みんなどれも同じ。ルックスも同じ。ったく。ミック・ジャガーやデヴィド・ボウイたちはどこに行っちまったのかね。ロックには、ある程度の危うさが必要 なんだよ。”こいつ、本当にショウの最後まで持つのか?”って思わせるようなもの。音楽も大事だけど、そういう要素がエキサイティングなんだよ。だから さ、みんな、もうちょっとヤバいことしてみようぜ!」