【イベントレポ】メタリカ海外ライヴ中継上映『M72 WORLD TOUR LIVE FROM ARLINGTON, TX』
日本の映画館で2023年8月19日(土)と21日(月)の2夜にわたって19時45分からアメリカ・テキサス州アーリントンのAT&Tスタジアムからディレイ中継で上映されるメタリカのワールドツアー『M72 WORLD TOUR LIVE FROM ARLINGTON, TX』。この初日となった8月19日に上映について、音楽評論家の増田勇一さんによるオフィシャルレポートが到着。
映画館でライヴを観る。それはライヴ映像鑑賞とも、いわゆるライヴ・ビューイングとも異なる体験なのだと感じさせられた。もちろんメタリカの話である。彼らは去る4月下旬から『M72 World Tour 2023/4』と銘打たれたツアーを開始し、欧州各地の巡演を経て、現在は北米を廻っている。そして現地時間の8月18日にはテキサス州アーリントンのAT&Tスタジアムでの公演を迎えているが、その模様を日本時間の19日夜、東京のTOHOシネマズ六本木ヒルズで目撃した。
会場内はほぼ満員。全国36館の上映会場の中にはチケットが早々に完売に至っていたところもあったという。ちょうど『Summer Sonic 2023』の開催初日と日程的に重なったが、メタリカはちょうど10年前、同フェスでヘッドライナーを務めた際以降、日本上陸を果たしていない。そうした盛況ぶりは、極限まで近付きつつあるファンの飢餓感の強さを示していたといえるだろう。
もちろんこうした機会が設けられていたのは、ここ日本ばかりではない。50ヵ国を超える世界各地で同様の催しが行なわれていた。ただ、メタリカに対する情熱は世界共通ではあっても、あいにく時差という隔たりがある。そこでリアルタイムであることを最優先するのがライヴ・ビューイングということになるわけだが、この日の現地での公演時間帯は日本時間での午前中にあたる。今回の上映は、そうした事情も踏まえて各国の“相応しい時間帯”に実施されている。だから厳密にいえば生配信ではなく記録物の上映ということになるわけだが、それは開演の大幅な遅れや機材不調など、実際の公演で万が一のことが起きた場合のトラブルを未然に防ぐための方策でもあったはずだ。
この日の上映開始は19時45分。実際の演奏が始まる前には会場内の様子、カメラに向かってアピールする現地ファンの興奮ぶりが映し出された。その“開演待ち”の時間を冗長と感じる向きもあっただろうが、現地に居合わせているような臨場感を高めてくれる趣向ではあったように思う。しかも実際の演奏が始まる前に、会場の規模の大きさや、異様ともいえるステージの形状などを確認することが出来る。筆者は今回のツアーの初演となったオランダはアムステルダムでの公演を現地で目撃しているが、その際も会場に足を踏み入れた瞬間、まずそのスケール感に驚かされたものだ。言い換えれば「雰囲気にのまれる」ということでもあるわけだが、それもまたライヴを楽しむうえで欠かせないイントロダクションだといえる。
開演が直前に迫っていることを知らせるAC/DCの「It’s A Long Way To The Top(If You Wanna Rock’n’Roll)」がようやく聞こえてきたのは、そんな場内の様子もすっかり頭に叩き込まれた頃のことだった。そして、それに続いたのは映画『The Good, The Bad, And The Ugly(続・夕陽のガンマン)』の映像を伴ったエンニオ・モリコーネの「The Ecstasy Of Gold」。すっかり定着しているこの幕開けの儀式が終わると同時に、いよいよメタリカのショウがスタートする。そうした高揚感が、映画館の中にも伝染してくる。そして、ステージ上に登場した4人が最初に演奏したのは「Creeping Death」。曲に合わせて「Die! Die!」と声を合わせているのは現地の観衆だけではない。
さて、本稿はいわゆるライヴ・レポートではなく、公演内容の詳細についてお伝えすることを目的とするものではないので、その後の具体的な経過について細かく記述することは控えておきたい。むしろこの場では、映画館での観覧だからこその特性などについて報告すべきだと思うのだが、やはり何よりも感じたのは、大きなスクリーンで観ることで、公演会場の最前列にいても肉眼で捉えきれないような場面を目撃出来る楽しさだ。たとえばメンバー同士のちょっとしたアイコンタクトなどにはドキッとさせられるし、曲中のブレイクでジェイムズ・ヘットフィールドが呼吸を整える場面では、その息遣いまで聞こえてくるようだった。そうしたさまざまなディテールとともに、観客の表情も生々しい興奮を伝えてくれる。
今回のツアーは、初めてスタジアム規模の会場にラウンド・ステージを持ち込む形で行なわれているが、それは単なる円形ステージではなく、いわばドーナツ状のもので、その輪の内側も観客で埋め尽くされている。そこに潜入することが出来ればものすごい至近距離でメンバーたちの姿を見られるだけではなく、彼らと同じ視線でライヴを味わうことが出来るわけだが、残念ながらステージの全景を俯瞰で観ることは出来ない。逆に、スタンド席からはこの巨大ステージの全貌を見渡すことが出来るが、メンバーたちの姿を間近で見ることは叶わない。また、フロアの随所に設えられたスクリーン・タワー(鉄塔の上部が円筒状の画面になっている)は、基本的にはスタンド上方席の観客に向けられたものだといえるし、4人の姿を特に大きく映し出すものではない。もちろんどんなに画期的なステージ・セットだろうと、観る側にとってはポジションによって一長一短があるわけだが、スクリーンを通じてのライヴには、さまざまな視点からステージを注視することが出来るという利点がある。
実際の演奏内容について少しだけ触れておくと、この日のセットリストに特に目新しい楽曲は含まれていなかったものの、カーク・ハメットとロバート・トゥルヒーヨの2人によるジャム演奏のパートなどはとても新鮮だった。ステージ上でのロバートの発言によれば「ほんの数時間前に作ったもの」だそうで、それはアーリントン公演限定の趣向であったはずだが、こうして映像を通じて全世界に届けられることになった。ちなみにそのジャム曲のタイトルはカークいわく「GBA」。意味は今のところ不明だが。
ライヴの序盤、ジェイムズはこのライヴが地球規模で拡散されることについて“grateful”という言葉を繰り返しながら深い感謝の意を示していた。ファンのニーズに応えるために大規模な公演を行なう必然と、それに伴う喜び。そして、それがあまりに巨大であるがゆえに世界各地をくまなく廻ることが叶わないという現実。今回のような試みは、そうしたギャップやジレンマを解消するものになり得るのではないかと感じられたし、実際、約2時間にわたるライヴ・パフォーマンスを堪能した後には極上の充足感があった。
そして重要なのは、この機会が一夜だけでは終わらないということだ。今回のツアーにおいては、原則的に金曜日と日曜日の夜に各地で公演が行なわれている。そして2夜を通じて演奏曲の重複が一切ないことが大きな特徴となっている。つまりこの日に演奏された楽曲は、現地時間の20日に行なわれる同会場での公演では披露されないというわけだ。そんなことが可能なのは、いまや40年を超える歴史を持つメタリカの代表曲の多さゆえでもあるわけだが、実際、この日の公演では「One」も「Enter Sandman」もプレイされていない。最新作『72 Seasons』からは3曲が演奏されていたが、次回の公演では違う楽曲たちが組み込まれることになる。ただ、そうしたコンセプト実践を優先しようとすると、奇を衒った選曲になり兼ねないところがあるようにも思われるが、そうした印象は皆無だった。むしろオーディエンスの求める曲を完全網羅しようとすると2時間のライヴ1本では時間的に到底足りず、しかもこうした約束事に基づきながら構成していくことで、思いがけない曲が登場する機会が出てきやすくなる。そうした意味において、今回の「1曲も演奏曲目が被らない2夜公演」という発想は理に適っているのだと思う。
というわけで、第二夜の上映は8月21日の夜に行なわれる。第一夜を堪能した人たちばかりでなく、それを見逃してしまった人たちにも是非、各映画館に足を運んでいただきたい。ラーズ・ウルリッヒはステージを去る間際、ダラス地区(今回の公演地であるアーリントンは、ダラスとフォートワースの中間に位置する郊外都市)での公演が6年ぶりだと語っていた。アメリカ国内でも6年訪れていない都市があるのだというのは驚きだが、前述のとおり、メタリカは2013年の夏以来、日本を10年訪れていない。今回の上映を通じて、テキサスの熱がこちらに伝染してきたのと同様に、こちらの反応もメタリカの側にきっと伝わるに違いない。それが来日公演の早期実現に繋がるはずだと、僕は信じている。
文:増田勇一
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Photo: ROSS HALFIN
Photo: JEFF YEAGER
Photo: JEFF YEAGER
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