2019年のユーミンによる最新の“ネオ・シティ・ポップ”とも言えよう『深海の街」。 昨年、ベルリンを訪れた際に浮かんだ “脳内リゾート” というアイデアと、70年代後半から80年代初頭にフュージョン、AORというアプローチで楽曲制作をしたキャリアをハイブリットさせた、どこまでも続くような深い余韻と不思議なカタルシスを湛えた最新曲。

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新曲「深海の街」インタビュー

 

松任谷由実 新曲「深海の街」インタビュー

「――〈夜の海を泳ぐ〉という歌い出しが、まず作詞を始めてすぐに浮かびました」

 

9月18日に配信リリースされるシングル『深海の街』についてユーミンは語る。

この曲はテレビ東京系の報道番組『WBS(ワールドビジネスサテライト)』のエンディングテーマとして書き下ろされたのだが、聞けばその出自には興味深いエピソードがあった。

 

「実はずっと好きな番組だったこともあって、本当に偶然、オファーを頂く少し前のタイミングに、『WBSのテーマだったらこんな曲かな?』と、勝手にフライングして、メロディの原型を頭の中で鳴らしていたんです。深夜の報道番組で、視聴者の層は働き盛りの方々が中心ですよね。そんなみなさんが仕事を終えて帰宅されると、WBSを観ながらひと息つく。もしかしたらグラスを傾けているかもしれない。そうした時間に、脳内で首都高ドライブをしている気分を感じてもらえるような、アーバンな曲を書こうと思いました。まずは歌い出しのメロディとマイナーナインスのコードが浮かんで、サビの展開で、同じスケールのなかでコードがマイナーになったりメジャーになったりするというアイデアに辿り着いた時、『あ、出来た』と感じました」

 

そこには去年、彼女がベルリンを訪れた際の或る記憶も作用していた。

 

「現地でかなりハードなテクノを聴く機会があったんですが、そのアテンドをしてくれた日本人のDJの子が、メロディアスなエレクトロによる、いわゆるチルアウト系の音楽を車のなかで聴いていたんです。その様子を見ていて、ふと、『ハードなDJがチルアウトする時間に聴く曲って、面白いかも』と思って。言わばバーチャル・リアリティによる“脳内リゾート”ですよね。部屋に居ながらにしてチルアウト気分やリゾート感覚が味わえる。そんな近未来なイメージを抱いていました」

 

詞曲の着想と同時に決めていたのが、「フュージョンを、AORをやろう」というプランだった(※1、2)。

 

「ブラックコンテンポラリーのアレンジに乗せて日本語の歌詞を歌うというアプローチは、私にとって70年代後半から80年代初頭に通った道とも言えます。しかし、いま改めてトライすれば、絶対に新鮮な曲が生まれるという確信がありました」

 

ファンは既知の通り、彼女は先頃、全国アリーナツアー『TIME MACHINE TOUR Traveling through 45years』を終えたばかりだ。デビュー45周年を経て、現在47年目のキャリアを誇るユーミンも、ひと頃は制作もツアーも「もう全てやり尽くしたかもしれない」と感じた時期があったという。

 

「でも、気付けば自分の引き出しが増えていた。そして、経験が蓄積され、移り変る時代を生き、そこで新たなメロディと歌詞とが合わされば、全く新しい音楽を生み出せるという確信も持てるようになった。どちらも、長年続けてきたからこその“ご褒美”だと思っています。経験とアイデアをどう組み合わせ、エディットするか。ハイブリッドな今の時代らしい発想なのかもしれませんね」

 

都会の〈夜の海〉の煌めき。呼吸する〈君〉の鼓動。そうした描写を緻密なプレイで奏でているのが、鳥山雄司、高水健司、渡嘉敷祐一、浜口茂外也、そして松任谷正隆といったベテランたちである。

 

「存命しているフュージョンの最高峰プレイヤーが揃いました(笑)。みんな、まさに水を得た魚のように生き生きと楽器を弾いていて。ずっと聴いていられるような、不思議なグルーヴですよね。私はツアー中だったので惜しくも立ち会えませんでしたが、レコーディングの後も盛り上がっちゃって、みんな暫くスタジオから帰らなかったと聞いています(笑)」

 

この曲の歌詞において、ポイントと言える言葉が〈ストローク〉だ。

 

「作詞の時、たまたまテレビで(テニスの)大坂なおみさんの試合を観ていて、そういえばテニスにも水泳にも〈ストローク〉という言葉が用いられると気付きました。歌詞では、動きそのものよりも、それによって描かれる“弧”に重きを置いています。習字で言う“空書”ですね」

 

加えて、近年に親交のある後輩アーティストからの刺激も作用していたようだ。

 

「以前からSuchmosを聴いて、『おっ、やるな!?』と思っていましたからね(笑)。あとはサカナクションも。だからYONCEと(山口)一郎くんに、「今回はフュージョンをやるの」と事前に伝えたら、二人とも盛り上がってくれましたね(笑)」

 

〈無限〉を信じて〈永遠〉で閉じる歌詞の詩情。浮遊するようなメロディ。どこまでも続くような深い余韻と不思議なカタルシスを湛えた『深海の街』は、2019年のユーミンによる最新の“ネオ・シティ・ポップ”と言えるのかもしれない。

 

「仮にWBSからのオファーが無かったとしても、こういうアーバンな曲を書いていたでしょうね。かつて物資的なリゾートを体現してきたから自分だからこそ、いま、こうした浮遊感のある脳内リゾートを描けるのだと思います」

 

『深海の街』が配信される同日には、荒井由実及び松任谷由実の全曲ハイレゾ配信がスタートする。さらに、11月6日には、前述の最新全国アリーナツアーを収めたLIVE Blu-ray/DVD『YUMI MATSUTOYA TIME MACHINE TOUR Traveling Through 45years』もリリースされる。

 

そして現在、彼女は通算39枚目となるオリジナルアルバムに向けて、制作の日々を送っている。

 

「『深海の街』で次の入り口が掴めた。そんな手応えを感じています」

 

――都会の夜の海を泳ぎ、ユーミンはいま、次章への新たなストロークを描き始めた。

 

インタビュー/テキスト 内田正樹

(※1 フュージョン……1970年代中盤に発生した、ジャズを基調にロックやラテン、電子音楽、クラシック音楽などを融合(=フューズ)させた音楽のジャンルを指す)
(※2 AOR……アダルト・オリエンタル・ロックの略。1980年代の日本で誕生した用語で、アーバンな音楽のジャンルを形容する際に用いられた。代表的なアーティストに、ユーミンのフェイヴァリットでもある、ボビー・コールドウェル、ルパート・ホームズなどが含まれる)