<公演レポート>12月21日(土)サントリーホール公演
ホールが極上のリビングルームになった村治佳織サントリーホール公演
ライヴ・レポート
クリスマス直前の12月21日(土)、ギタリスト村治佳織のソロ・リサイタルがサントリーホールで行われた。ギター・リサイタルながら大ホールのリサイタル、しかも完全なソロ・リサイタルでステージ後方のP席まで完売とのこと。2016年に5年ぶりのアルバム「ラプソディー・ジャパン」をリリース。かつてのような大規模なコンサート・ツアーは行わないながらも、様々なアーティストとのコラボーレーションや、弟の村治奏一とのデュオ・コンサートなど、各地でのコンサートの数も増えてきたなかでの今回のサントリーホール公演は、「~デビュー25周年を越えて~村治佳織ギター・リサイタル 2019 旅と映画に恋して!」と題された、これまでの集大成ともいえるリサイタルとなった。
この日を待ちわびた約2000人の聴衆が見守る中、薄いブルーの衣裳をまとった村治がギターを持ちながらゆっくりとステージに登場、まずは拍手の渦中に身をゆだねながらゆっくりと客席を見回し、ステージの中央へ。彼女が旅の始まりに選んだ作品はドメニコーニの名曲「コユンババ」。ドメニコーニがトルコに旅した時の印象を曲にした作品だ。村治はつい最近トルコに旅行したそうで、現地で感じたことを演奏に生かし、このエキゾチックな作品の雰囲気をよく表現していたように思う。2016年の「ラプソディー・ジャパン」でも名演を聴かせてくれたが、今回のコンサートでの演奏はさらに磨きがかかっていた。使用したギターは「Jose Luis Romanillos 2002」。2曲目は2018年リリースの「シネマ」にも収録した映画「禁じられた遊び」から「愛のロマンス」。映画音楽でありながら、ギター作品の代名詞ともいえるこの作品を、村治自身による前奏と間奏を加えたオリジナル・バージョンで披露。ギターは160年前に作られた「Antonio De Torres 1859」。3曲目は再び旅に戻り、スペイン出身の作曲家トロバの「カスティーリャ組曲」。名ギタリスト、セゴビアとの出会いから、ギター曲を書き始めたトロバならではの、スペイン情緒溢れる名曲だ。そして映画音楽をもう1曲。今度は映画「ミッション」から「ガブリエルのオーボエ」。こちらもアルバム「シネマ」からの選曲だ。イタリアの巨匠作曲家モリコーネによる美しいメロディは、映画以上に有名になったもの。「シネマ」のためにアレンジされたギター・ソロ・バージョンの優しい響きが印象的だ。ここまでの2曲は「Jose Luis Romanillos 1990」を使用。前半の最後はイタリア出身で、ハリウッドの映画音楽でも活躍したカステルヌオーヴォ=テデスコによるギター・ソナタ「ボッケリーニ讃」。ギター協奏曲も書いているカステルヌオーヴォ=テデスコによる大規模なギター・ソロ作品だ。使用したギターはこの日4本目となる「Paul Jacobson 1992」。
休憩をはさんだ後半は、前半とは違うブルーをベースにした花柄の衣裳で登場。後半の旅はイギリスから。再びギターを「Jose Luis Romanillos 2002」に持ち替え、イギリスの作曲家ブリテン唯一のギター作品である「ダウランドによるノクターナル」を。この作品は変奏曲でありながら、主題であるダウランドの「来たれ深き眠りよ」が最後に出てくるという珍しい作品。村治はサントリーホール公演が決まったとき、ぜひこの曲を、と思ったそうだ。現代曲風な8つの変奏のあとにあらわれる主題の美しさが際立つ名演であった。後半2曲目からのギターはすべて「Paul Jacobson 1992」。まずは、イギリスの文豪シェイクスピアの代表作を映画化した「ロミオとジュリエット」から「愛のテーマ」。ニーノ・ロータによる切ないメロディがギターにはぴったりの曲で、アルバム「シネマ」にも収録された。そして旅はブラジルへ。2019年に没後60年を迎えたブラジルの作曲家ヴィラ=ロボスの「カデンツァ:ギター協奏曲より」と「ショーロス第1番」を披露。ブラジルはギター曲の宝庫だが、村治はまだ行ったことがないという。まだ見たことのない土地への思いを馳せながらの、力強い演奏であった。そして旅の最後は再び映画音楽に戻り、ジャワ島を舞台に撮影された「戦場のメリー・クリスマス」のテーマを。坂本作品は村治にとっても大切な作品で、アルバム「シネマ」では自ら「ラスト・エンペラー」の音楽をアレンジしている。この日の演奏は、満員の観客への、ちょっと早いクリスマス・プレゼントのようでもあった。
何度かのカーテンコールに呼び戻されて、感無量の様子の村治がアンコールに選んだのは、ギターの名曲でもあり、映画音楽の名曲でもある「カヴァティーナ」。映画「ディア・ハンター」のテーマ曲として知られ、村治はソロでも録音したことがあり、「シネマ」では弟・奏一とのデュオでも録音している。しっとりとした美しいメロディが印象的な作品だ。
再度、カーテンコールで呼び戻され、感謝の気持ちを込めて弾いたのは、「シネマ」の中でも最も人気の高かった「人生のメリーゴーランド」。最後の音を弾き終わった時の充実した表情は、これまでの彼女の人生の集大成を象徴するかのようなものだった。
今回のサントリーホール公演は、演奏の合間に挟まれるやさしい語り口のトークもあり、まるでリビングにいるかのような心安らぐものであった。それは彼女自身が一番望んでいたもの。「当日は、皆さまを私のリビングルームにご招待するような感じで、おしゃべりも交えながら、リラックスしてギターを楽しめたらいいな、と思っています」とontomoのWEBインタビューで語っていた通りのコンサートになった。当日会場に来た2000人の聴衆は、誰もが彼女のやわらかな雰囲気と極上の演奏に酔いしれたのではないだろうか。
Photo: Wakana Baba