BIOGRAPHY

Justin -nozuka

88年9月29日生まれ、21歳。 シンガー・ソングライター。 (デビュー時は、19歳だった)

ニューヨークにて、アメリカ人の母と、日本人の父の間に生まれる。しかし、3歳のときに両親は離婚。母の手で育てられ、8歳のときにカナダはトロントに移住。以後、カナダにて成長する(そのため、日本語はしゃべれない)12歳で曲を書き始める。ローリン・ヒルとマーヴィン・ゲイに心酔し、徐々に才能が開花。メジャー・レコード会社との契約を勧められるが、「自分のレコードは自分自身で、自分の意思で作りたい」と主張し、オファーを拒否。(これは、現在も貫いている)

ほぼ自主制作のデビュー・アルバム『HOLLY』は、カナダではマネージメント兼インディー・レーベル「Coalition Entertainment」(Simple Planのマネージメントでもある)より、2007年に発売。そしてイギリスではKTタンストール等を扱うチームがOutcaste Recordingより、ヨーロッパではPIASより、同年発売。多くのライヴをこなした。後に自身のバンド(ギタリスト兼ピアニスト、ベーシスト、ドラマー)も結成し、幅広い表現が可能になった。 アートスクール卒業後の2008年4月には全米デビュー。インディーとはいえ、業界大ベテランDaniel Grassが立ち上げた「Glassnote Records」(Phoenix、Secondhand Serenade、Temper Trapなどを扱う)だ。シングル「アフター・トゥナイト」は、vh1(MTV系音楽チャンネル)チャートで2位まで上昇した。「すぐに消える一発屋になんかなりたくない」という意思のもと、3度にわたる全米ツアーをこなし、ついにヘッドライナー・ツアーを組めるところまできた。 年末にはフランスにて再発売し大ヒット(アルバム、シングル共にTOP10)となった。

そして日本。同年夏(7月末)、アーティストとしては初、人生でもたった3度目、だが最長(約10日間)となる来日。「僕の体には、日本の血が流れている。でもまだ、ぼくは日本を知らないんだ...」と語っていたとおり、積極的に日本人とのコミュニケーションにつとめた。下北沢での日本人アーティストのイベントへのゲスト参加や、『FUJI ROCK FESTIVAL‘08』 への出演。そして、父の故郷でもある福岡(小郡市)もたずねてみるなど、「SOUL-SEARCHING TOUR」と本人が語るとおり、自らのルーツを確かめた。さらに9月のアルバム発売を経て、10月~11月に再来日。原宿アストロホールでのショウケースはSOLD OUT、大阪では洋楽アーティストとしては異例の「MINAMI WHEEL」出演、「地元」福岡ではApple Storeにてライヴを成功させた。洋楽関係者のみならず、邦楽関係者も「言葉なんて関係なく、スゴイ」とその声とたたずまいを絶賛した。と同時にジャスティンも、それまで興味がなかった「日本語での歌唱」に興味を持ち出した。

2009年は『FUJI ROCK FESTIVAL‘09』のための来日のみだったが、フランスでのプロモ、全米ツアー、そして2ndアルバム制作と、充実の1年を過ごした。そして待望のニュー・アルバム『YOU I WIND LAND AND SEA』が完成、2010年は世界的にさらなる飛躍が期待されている。