著名人のからのコメント第二弾
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ジャミロクワイが活動を始めた90年代に時を同じく活躍し、今もなお第一線で活躍を続ける著名人から、当時の思い出や久しぶりのリリースとなる新作に向けたコメント連載企画の第2弾コメントが到着した。第1弾と共に、ジャミロクワイ日本公式ホームページで公開された。
小西康陽
■90年代の思い出
ある日の午後、ロンドンはソーホーにあったレコード屋でゆっくりとジャズの中古レコードを見ていたら、店のスタッフとは知り合いらしい若い男性が入ってきて、元気な声で挨拶しながら、肩に掛けた大きなメッセンジャー・バッグから4、5枚のプロモ用12インチを取り出し、店のカウンターにどさりと置くと、またね!みたいな挨拶をして出て行った。1990年代の音楽のことを思い出すときに、なぜかいつも最初に浮かぶ光景です。
■ジャミロクワイニューアルバム『オートマトン』への感想
90年代に大活躍していた頃、ジャミロクワイのレコードをクラブでプレイしたことはなかったのですが、なぜか2015年に7インチを入手してから小さなハコで毎回のように掛けるようになりました。本当に誰もが嬉しそうに踊っている光景を見ると、彼の音楽がいかに愛されているかがわかります。新曲はまさに彼の真骨頂、トレードマークのようなサウンドだと思いました。アナログ盤があるのなら手に入れたいですね。7インチなら言うことなし、です。
田中宗一郎(thesignmagazine.com / クリエイティヴ・ディレクター)
■90年代の思い出
個人的に90年代というのは20代半ばからの10年間、年に5〜6回は海外に行ってた時期でもあり、好奇心の赴くままありとあらゆる文化の渦中に身を投じていた記憶があります。ただ湾岸戦争が始まった91年1月から音楽業界にかかわるようになったので、すべての中心はポップ音楽でした。マッドチェスター、ザ・ラーズ、グランジ、G-ファンク、シューゲイザー、アシッド・ジャズ、ブリットポップ、トリップ・ホップ、〈モ・ワックス〉、レディオヘッド、ベック、シカゴ音響系、〈グランド・ロイヤル〉、ホンマタカシ、〈花椿〉、〈SNOOZER〉、ドラムンベース、〈K〉、ハード・ミニマル、NUMBER(N)INE、IDM、98年の世代、ビッグ・ビート、クリック・ハウスーー挙げ出すときりがない。何かと出会う度に髪形と服装がコロコロ変わっていた時代ですね。ほぼ毎週末ずっとクラブで遊んでました。あだ名しか知らない友達がたくさんいた時代。恥ずかしい思い出しかないです。
■ジャミロクワイニューアルバム『オートマトン』への感想
「うーん、よくわからない!」というのが第一印象でした。いい意味で。特に「オートマトン」。ポップ音楽の大半がUSメインストリームが牽引するトレンドと何かしら共振する時代にあって、TR-808風のスネアやハット、重低音のキックに耳が慣れすぎているせいもあるかもしれない。でも、「今、何故このエレクトロニクス主体のファンク・ビート?このスネアやキックの音は何?」と頭をひねらずにはいられない。要するに謎なんです。
だからこそ、JKのオリジネーターとしての矜持を強烈に感じます。ここ数年、アデル、エド・シーランという二大メガ・アーティストと、スケプタやストームジーといったグライム勢を除けばさしたる成果を残していない英国ポップ・シーンにあって、なにひとつ現状に媚びることなく、ただひたすら自らの新たなシグネチャー・サウンドを模索している。
アティチュードとして近いものを感じるのはやはりレディオヘッド。ロバート・グラスパーを筆頭に新世代のジャズ界隈が彼らの『アムニージアック』への返答とも言えるサウンドで注目を浴びる中、それをさらりとかわすかのようにコンテンポラリー・クラシックとブリティッシュ・フォークを独自に解釈したサウンドへと向かった彼らの最新作『ア・ムーン・シェイプト・プール』ですね。あの作品もいまだに謎です。
あるいは、ダフト・パンクの『ヒューマン・アフター・オール』。あの歪んだベース・ラインやヒューマナイズさせないジャストなビート/ぎこちないグルーヴにリリース当初は誰もが頭を傾げたものの、まさにあの1枚のアルバムからフレンチ・エレクトロの隆盛が巻き起こった。『ホームワーク』や『RAM』とは別の形で時代を作った作品ですね。
だからこそ、「エウレカ!」という瞬間がやってくるのを楽しみにしながら、この『オートマトン』というアルバムを聴き続けたい。気がつけば、その後ずっと聴き続けることになるディランもマイルスも最初はまったくわからなかったんですから。そんな位相にある作品なんじゃないか。今はそう思っています。