それは「新しいR&B」の潮流である ――アンビエント、あるいはインディR&B
2013.06.11 TOPICS
まずはアメリカでブレイクした新しいサウンド
ここ数年、音楽シーンではR&Bが重要なキーワードのひとつとして浮上している。もちろん、R&Bは長年に渡って欧米のヒット・チャートを席巻してきた音楽。今更、改めて注目されていると言っても、ピンと来ない人もいるかもしれない。しかし、そのような従来から存在するメインストリームのR&Bとは少しばかり趣が異なる、「新しいR&B」と呼べるようなものが、現在、ジャンルや国境を越えて確実な盛り上がりを見せ始めている。
この潮流を把握するには、まず北米に目を向けるのがいいだろう。「新しいR&B」の最も象徴的な存在と言えるのが、ドレイク、ウィークエンド、フランク・オーシャンだ。彼らに共通するのは、強いエコーやリヴァーブが効いた浮遊感のあるサウンドを志向していること。また、MGMT、コクトー・ツインズ、スージー・アンド・ザ・バンシーズ、イーグルスといった、これまでのR&Bの常識からは想像がつかなかったジャンル越境的なサンプリングのセンス、そして旧来的なマッチョイズムやゴージャス志向とは遠く離れた内省的で甘ったるい雰囲気も特徴だと言っていい。こういった浮遊感のあるサウンドや甘美なメランコリアはチルウェイヴとも共振しているため、彼らの音楽は「アンビエントR&B」や「Chill N B」と呼ばれることもある。
彼らの音楽は日本ではまだ十分に浸透しているとは言えないが、本国での成功は目を見張るものがある。元々はフリー・ダウンロードのミックステープ(ミックステープとは言っても、他のアーティストの曲をミックスしたものではなく、大抵はオリジナル曲を収録したもの。サンプリングの権利問題をグレー・ゾーンですり抜けられるとあって、最近のR&B/ヒップホップの世界では流行している)として発表していたドレイクの『ソー・ファー・ゴーン』(2009年)はアメリカでゴールド・ディスクを獲得し、その後のアルバムもミリオン・セラー。そして、そのドレイクに目を掛けられた同郷のウィークエンドも、フリー・ダウンロードで発表したミックステープ三部作をまとめた『トリロジー』(2012年)が全米チャート初登場4位を記録した。そして、フランク・オーシャンに至っては、商業デビュー作『チャンネル・オレンジ』でグラミー賞二冠を達成している。彼らのような新世代による「新しいR&B」は、既にアメリカでは大きな勢力になっているのだ。
ザ・ウィークエンド | |
様々なジャンルに侵食するR&Bの影響
このような状況に呼応してか、今は様々なジャンルでR&Bを積極的に取り入れる動きが広がっている。まずはインディ・ロックの世界を見てみよう。例えばデルフィックやポップ・エトセトラといったバンド達は最新作でR&Bの要素を積極的に取り入れ、フリー・ダウンロードでミックステープも発表。今年注目の新人バンド、チャーチズもR&Bテイストのシンセ・ポップを鳴らすこともあり、日本でもセカンドが高い評価を得たハウ・トゥ・ドレス・ウェルはチルウェイヴとR&Bの合間を縫ったソウル・ミュージックだ。また、既にNMEの表紙を飾って「BBC Sound of 2013」の1位にも輝いたハイムから微かにR&Bの匂いが感じられるのも、こういった時代の空気感と決して無縁ではないのだろう。現在のところ、このようなインディ・シーンにおける流れは、一般的に「インディR&B」と呼ばれることが多い。
そして、R&Bの影響はクラブ・シーンにも侵食していることを忘れてはならない。今振り返ってみると、ハドソン・モホークやラスティといったビート・メイカーがR&Bに食指を伸ばすのは早かったし、近年はフライング・ロータスが主宰する〈ブレインフィーダー〉やイギリスの名門〈ワープ〉の新作にもR&Bを取り入れたものが増えている。フランク・オーシャンが所属するオッド・フューチャーのアーティスト達や、彼らとほぼ同時期に台頭したエイサップ・ロッキー、そして昨年ピッチフォークの年間ベスト・アルバム1位を獲得したケンドリック・ラマーといった新世代ヒップホップ・アーティスト達は、直接的にR&Bの影響を指摘するのは難しいかもしれないが、確実に同じ時代の空気を吸っていることは感じられるだろう。つまり、R&Bをひとつのキーワードとしつつ、チルウェイヴ、ビート/ベース・ミュージック、ヒップホップ、インディ・ロックなどが緩やかに混ざり合い、どことなくアーバンでメロウな雰囲気=特にR&Bに顕著なフィーリングが共有されているのが、今の時代のムードなのではないか。(そういった意味では、日本の一部でシティ・ポップというアーバン&メロウな概念が再評価を受けているのも、こういった世界的な潮流と決して無縁ではないはずだ。)そう、「新しいR&B」の潮流は、今やR&Bの世界だけに留まるものではない。
デルフィック | ハイム | ||
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「新しいR&B」を加速させる最注目アーティスト達
では、この2013年に「新しいR&B」の流れで最も注目すべきアーティストは誰なのか? それを知りたければ、まずはイギリスに注目だ。イギリスには、これまでもR&Bを刺激的な形で取り込んだアーティストは存在していた。インディ・バンドではXXがパイオニアと言えるし、R&Bヴォーカルのサンプリングを使ったアンセム“CMYK”で人々を驚愕させたジェイムス・ブレイクもその一人に数えられるだろう。しかし、今年はそういった先駆者達が開け放ったドアから、時代の潮流のど真ん中を射抜くような大型新人が同時に二組も飛び出すのだ。これに盛り上がるなという方が難しい。
その大型新人の一組目は、「BBC Sound of 2013」ではハイムに続く2位に輝き、シングルの時点で各メディアから引っ張りだこのアルーナジョージ。いかにもポップ・スター然としたオーラを放つ女性シンガーのアルーナ・フランシスと、対照的に内気なベッドルーム・プロデューサーといった雰囲気を持っている男性トラックメイカーのジョージ・レイドという、アンバランスな組み合わせが面白い二人組だ(矛盾しているようだが、それは最高にバランスのいい組み合わせとも言える)。その音楽性は、実際に二人のヴィジュアルが持っているイメージそのままだと言えるだろう。もともとウッィチ・ハウス(簡単に言えばチルウェイヴのダークでゴシックなヴァージョン)の総本山〈Tri Angle〉からデビューしたことに象徴的なように、トラック自体は先鋭性を宿しているのだが、その上に乗る歌やメロディはディスティニーズ・チャイルドやTLCといった90年代後半から00年代初頭のメインストリームR&Bそのもの。7月末には満を持して待望のデビュー・アルバム『ボディ・ミュージック』が世に放たれるが、振り切ったポップネスとその奥に秘めた鋭利なサウンドには、ヒット・チャートに刺激的な音楽を取り戻そうという野心が満ち溢れている。この掛け値なしの傑作は、間違いなく世界的に大きな波を巻き起こすに違いない。
そして、イギリスからのもう一組の注目株は、ガイ・ローレンスとハワード・ローレンスからなる兄弟デュオ、ディスクロージャーだ。何と言っても興奮させられるのは、彼らは久しぶりにイギリスから登場したアリーナ・クラスを熱狂させられるダンス・アクトだということ。もちろんイギリスには、ヒットを飛ばしている大味なダブステップやEDMのアーティストは幾らでもいる。だが、しっかりと地に足の着いた音楽性で、ここまでスケールの大きな音を鳴らせるアーティストは長らくいなかった。彼らの出現に、ケミカル・ブラザーズやファットボーイ・スリムなどが次々とブレイクした90年代後半を思い出してもおかしくはない。そう、時代は確実に巡りつつある。音楽性の話をすると、二十歳前後という若さのローレンス兄弟はポスト・ダブステップからクラブ・ミュージックにハマり、そのルーツであるUKガラージに大いに触発されたというだけあって、とにかくフレッシュで勢い溢れるUKガラージ/テクノが身上。だが、スウィートな歌物に関しては、やはりインディR&Bとの共振も感じられるだろう。これまでの二枚のシングルは累計60万以上という特大ヒットを飛ばしているが、アルーナジョージのアルーナ、フレンドリー・ファイアーズのエドを始めとした豪華シンガーが集結したファースト・アルバム『セトル』は、彼らを更なる大ブレイクへと導く決定打になるはずだ。
そして、当然ながら、今年注目のアーティストはイギリス勢だけではない。既に欧米のメディアでは絶賛を浴びており、フジロックでの来日も決定したライも忘れてはならないだろう。L.A.を拠点に活動する彼らのファースト・アルバム『ウーマン』は、シャーデーを髣髴とさせる気だるくハスキーな歌声が心地よい、極めて上質で洗練されたインディR&B。一番のポイントは、何度聴いても女性としか思えない歌声が実は男性シンガーによるものということだ。その事実を知った時には誰もが少しばかり動揺を覚えてしまうと思うが、それはおそらく意図的なもので、つまり彼らはステレオタイプな男女のイメージに自分達の音楽で揺さぶりを掛けようとしているのではないか。若いディスクロージャーが純粋なパーティー・ミュージックを志向しているのに対し、それぞれにソロ・キャリアを積んできた中堅の二人によるライは、そういったある種のリベラルな思想性を持っているのも魅力だと言えるだろう。
このように見てきても分かる通り、ここ数年で徐々に熱気を帯び、ところどころで既に爆発している「新しいR&B」の潮流は、今年は更なる大きな動きへと発展するはずだ。そして、その時は必ずや、アルーナジョージ、ディスクロージャー、ライが大きな一翼を担っているのは間違いない。
アルーナ・ジョージ | ディスクロージャー | ライ | |||
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2013/06/07
小林祥晴
Yoshiharu Kobayashi