「チェイシング・カーズ」が、大化けするぞ。というのは、すでに前作『アイズ・オープン』のレコーディング時点から、バンド周辺の人々、マネージメ
ント、レコード会社の関係者たちの間で、密かに騒がれていたそうだ。心に染み入る感傷的なメロディに、壮大なスケール感を伴った名曲。一度耳にすれば誰し
もが必ず、これは大ヒットするぞ、と太鼓判を押して彼らを励ましてくれたという。彼らもその期待に応えようと、あれやこれやと試行錯誤をたっぷり繰り返
し、ようやく完成したのがあの最終ヴァージョンだったのだとか。そんな話を筆者にしてくれたのは、アルバム『アイズ・オープン』の完成直後の2006年2
月のことだった。
そしてご存知のように、シングル「チェイシング・カーズ」は、予想通りメガ・ヒットとなった。本国UKではチャート・アクションこ
そ、彼らの「ラン」(04年作の『ファイナル・ストロー』に収録)に及ばなかったものの、最高6位をマークした。世界的にも大ヒットしたわけだが、彼らに
とってはやはり大きかったのはアメリカでの成功だったのではないかと思う。全米シングル・チャート(Billboard Hot
100)に初めてチャートインしたのみならず、トップ5にまで上り詰めるという快挙を成し遂げた。人気テレビ番組『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』の
中で用いられたことも追い風となったし、彼ら自身も積極的にアメリカのテレビやラジオ番組に出演してプロモーション活動に勤しんだ。そうした結果のブレイ
クだった。勿論この曲そのものが持つ力、皆を感動させずにはおかない吸引力があっての為せる業だったことは言うまでもない。
そのシングル「チェイング・カーズ」に引っ張られる形で、アルバム『アイズ・オープン』は、本国UKだけで200万枚以上のセールス
を記録した。アメリカにおいても100万超えを果たしたし、全世界では、なんと500万枚という驚異的数字を導き出した。因みにUKで200万枚セールス
というと、あのアークティック・モンキーズのデビュー作がUKで約120万枚だったことを考えると、スノウ・パトロールに対する本国での支持が如何に厚い
ものかが窺えよう。残念ながらここ日本では、その世界的成功からは、やや遅れを取ってしまった感は否めないのだが、そんな温度差もきっとこの新作『ハンド
レッド・ミリオン・サンズ』が解消してくれるに違いない。
最終的に前作『アイズ・オープン』は、UKで首位に立ったのみならず、2006年度の最も売れたアルバムに認定された。「チェイシン
グ・カーズ」の他にも、1stシングルの「ユア・オール・アイ・ハヴ」(7位)、マーサ・ウェインライトとのデュエット曲の「セット・ザ・ファイヤー・
トゥ・ザ・サード・バー」(18位)、「オープン・ユア・アイズ」(26位)とシングル・ヒットが続出した。アメリカでは「ハンズ・オープン」もカットさ
れている。さらに映画『スパイダーマン3』のサウンドトラックのために彼らが提供した新曲「シグナル・ファイアー」も、UKで最高4位を記録する大ヒット
となった。当然ながら彼らの欧米ツアーは各地で大好評を博し、2007年7月7日に開催された”ライヴ・アース”においてはウェンブリー・スタジアムの大
観衆を熱狂させ、しかも翌日には”Tイン・ザ・パーク”のファスで最終日のトリを務めてしまったほどだ。正に向かうところ敵なしのスノウ・パトロールなの
である。
と、そんな大成功を懐に、彼らが約2年半ぶりに本作『ハンドレッド・ミリオン・サンズ』を届けてくれた。早速ヴォーカリストのギャリー・ライトボ
ディに電話で話を訊くと、彼は開口一番に「とにかく、ものすごく新作の仕上がりには満足してるんだ。これまでの自分たちにアルバムの中で最高傑作だと思っ
ているよ」と、嬉しそうに教えてくれた(以下はギャリーの発言)。
プロデュースを手掛けているのは、これまでと同様にギャレット”ジャックナイフ”リー。U2の『原子爆弾解体新書~ハウ・トゥ・ディ
スマントル・アン・アトミック・ボム』や、スノウ・パトロールとの仕事で確かな地位を築き、今やブロック・パーティ、カサビアン、R.E.M.などを手掛
ける超売れっ子プロデューサーとなった。スノウ・パトロールのメンバーは彼のことを「6人目のメンバー」と言うほど大切な存在でもある。そのジャックナイ
フ・リーと再び組むことに関しては、まったく疑問の余地がなかったどころか、他のプロデューサーと組んでみようなどとは、思いも寄らなかったそうだ。それ
よりも、とにかく早く実験的な作品の制作に取り掛かりたかったのだという。
「彼以外には考えられなかったし、彼となら気心も知れているから、すぐにやりたい作業に入れることが分かっていた。実際、レコーディ
ングはスムーズだったし、これまでにやったことのないような野心的なチャレンジをたくさん試みた……たとえば”エンジンズ”みたいな音作りにしてもそうだ
し、ずっと前からやってみたかったこと……ラストに収録されている3つのパートから成る曲。クラシックの交響曲みたいな感じなんだ」
アルバム本編のラストを締め括る「ザ・ライトニング・ストライク」は、3つのパートから成っている。こういった大作を作りたいという
アイデアは以前から持っていたそうなのだが、実はこの3曲はバラバラに書かれていて、この3つを繋いでみようというのは、あとから思いついたのだという。
だが、こういった大作主義、アルバム至上主義は、今作で彼らが成し遂げたかったひとつの目標でもあったようだ。
「シングルの重要さは分かっているし、短い時間で人々の心を惹きつける曲というのは魅力があるからだと思うんだ。何もシングルの存在
価値を否定しているわけじゃないんだ。でも、アルバムとして音楽を楽しんでほしいという気持ちが僕らにはあって、やはりアルバムは最初から最後まで、並ん
でいる順に聴いてほしいんだ」
また、こんな意外な発言も。
「このアルバムでは”チェイシング・カーズ”とは掛け離れたことをやりたかったんだ。あの曲には満足しているし、成功したことも、これっぽっちも後悔はしていないけれど、僕たちは違ったことをやりたかったし、常に変化してゆきたいんだ」
変化といえば、作風の変化には、きっと皆さんもお気づきのことだろう。北アイルランドの出身で、スノウ・パトロールと名乗っている彼らだけあって、その
サウンドからはまるで雪景色が見えるかのよう……という点では本作も変わりはないが、これまでのヒンヤリした冷たさよりも、温かみが増している。雪景色は
見えているが、それを温かい家の中から眺めているようでもあり、陽の光もたっぷり差し込んでいる。そしてアルバムのタイトルも『ハンドレッド・ミリオン・
サン』と来た。これは「ザ・プラネッツ・ベンド・ビトウィーン・アス」という曲の一節から取られているのだが、このタイトルがアルバム全体のカラーを非常
に上手く表わしている。身を斬るような痛みと、膿を抉り出すかのような独白を伴っていた前作までとは、やや趣向が異なっている。
「きっと曲作りのテーマの取り方が変わったせいじゃないのかな。世の中には嫌なこと、悲しいこともいっぱいあるけど、それを確認しながらも、僕は愛に満ち
溢れた曲を書きたかったんだ。もっとみんなに愛を感じてほしかったんだ。でも、当然ながら今までと同様に、暗い曲もちゃんとあるけどね(笑)」
前2作ではギャリーの恋愛における挫折、後悔、懺悔などをテーマとした曲が多かったが、本作ではずっと希望に溢れた曲が増えている。
悲しい体験、辛いことを歌にするほうが、ソングライターとしては曲のインスピレーションを得やすい、と以前に語っていたことを指摘すると「つまり、以前に
比べてもっと大変な曲作りに挑戦しているってことだよね」と笑っていた。
レコーディングは、前作同様にアイルランドの田舎町にあるグロース・スタジオでまず最初のセッションが行なわれた後に、ドイツのベル
リンのハンザ・スタジオへと移っている。ハンザ・スタジオといえば、デヴィッド・ボウイの『ロウ』『ヒーローズ』『ロジャー』といった一連のベルリン時代
の作品群や、U2の『アクトン・ベイビー』など、数多くの名作が生み出された由緒あるスタジオだ。そういった環境の変化も、本作のサウンドに影響を及ぼし
ているのかも、とギャリーは指摘していた。
ところで、バンドの成功と共に彼のソングライターとしての資質も多方面から認められているようで、今後思わぬところで彼らの名前を見掛けることになるか
もしれない。インタースコープ・レコードの会長ジミー・アイオヴィンのために書かれたという「ジャスト・セイ・イエス」という曲は、例えばプッシーキャッ
ト・ドールズのニコール・シャージンガーのソロ・プロジェクト用にピックアップされていたりする。スノウ・パトロールとはイメージのギャップが、かなり大
きくはあるのだが…。
さて、今や世界を代表するモンスター・バンドにまで成長したスノウ・パトロール。このアルバムでは、彼らが得意としてきた美メロに加えて、より深みを増
したダイナミックな演奏という魅力も付け加わった。ロック・ファンは当然ながら、もっと広い意味での音楽ファンにも訴えかける力を備えるまでに成長した彼
ら。ポーラー・ベアと名乗っていた頃から数えると、かれこれ14年目。そろそろ日本でも、ビッグにブレイクしてほしいところ。セレブ妻がいるわけでも、ゴ
シップ欄を賑わしてきたわけでもなく、音楽そのもので世界を魅了し、熱狂させてきた。美しく繊細でありながらも、温かく感動的な彼らの音楽は、きっと日本
人の琴線にも触れるであろうと筆者は信じている。
2008年9月 村上ひさし (Hisashi Murakami)
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