2022年にデビュー40周年を迎えた原田知世。アーティストとして大き節目を経て、シンガーとしての新たな一歩を踏み出した新作は、カヴァー集『恋愛小説』シリーズの第4弾、『恋愛小説4〜音楽飛行』だ。プロデューサー/アレンジには、長年にわたって彼女を支えてきた伊藤ゴローを迎えて、ザ・ビートルズ、カーペンターズ、ニール・ヤング、スティーヴィー・ワンダーなど洋楽の名曲が並ぶ。アルバム収録曲について、2人に話を聞いた。
 
 
――「恋愛小説」シリーズも今回で4作目ですね。アルバムにはどんな気持ちで挑まれたのでしょうか。

原田:昨年、デビュー40周年記念コンサートをやらせて頂いて、すごく充実感がありました。自分の中で一区切りがついた気がして少し充電していたのですが、これから新しい気持ちで歌を歌っていきたい、という気持ちが次第に生まれてきました。そんな時にこのお話を頂いて、歌を育てる良いチャンスだと思いました。1作目の『恋愛小説』(2015年)も洋楽カヴァーでしたが、今でも大好きなアルバムで、またいつか洋楽を歌いたいと思っていたんですよね。だから今回のアルバムは、下準備からレコーディングまで時間をかけて楽しくやらせていただきました。

 
――『恋愛小説』はジャンルも年代もバラバラでしたが、今回は60~70年代の曲が中心になっていますね。

原田:私が子供の頃の曲で、誰もが知っている曲。同年代の方はもちろん、若い方が聴かれても、どこかで聴いたことがあるような曲を選びました。

伊藤:最初はカーペンターズだけのカヴァー集という案も出たりして、どういうコンセプトにするのかは時間をかけて考えましたね。

 
――ロック、フォーク、ソウルなどいろんな曲が入っていますが、ポップス・スタンダードみたいな選曲ですね。では、1曲ずつコメントを頂きたいと思います。まずはザ・ビートルズ「ヒア・カム・ザ・サン」。静かに曲が始まって、音が少しずつ重なっていくドラマティックなアレンジです。

伊藤:夜が明けて陽射しが部屋に差し込んでいく、そんなイメージで音を重ねていきました。隠し味の一つとして、ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」のフレーズもこっそり入れていますが、その歌詞に「さわやかな朝に花の咲く草原で亜麻色の髪の乙女が歌っている」というのがあって、ぴったりだと思ったんです。この曲をやることに決めた段階で、アルバムの1曲目になりそうだな、と思っていました。

原田:この曲はすぐに自分が歌っている声が聞こえてきましたね。みなさんがイメージしている原田知世の声で歌えるなって。だから歌い方は悩まずに自然に歌えました。ちょっと考えたのは、「ドゥドゥドゥドゥ〜」っていうスキャットをどう歌うかくらいかな。

 
――そういえば、今回のアルバムはスキャットやハミングが印象的な曲が多くて、その表現の仕方も聴きどころのひとつですね。

原田:そういうのって洋楽ならではの素敵な部分でしょう? だから歌い方を考えるのは楽しかったですね。

 
――モンキーズ「デイドリーム・ビリーバー」は忌野清志郎さんの日本語カヴァーでも有名ですが、CMで何度も使われてきた人気曲です。

原田:私は子供の頃にカメラのフィルムのCMで聴いて好きになりましたす。歌ってみて気づいたのですが、サビの「Cheer up, sleepy Jean」というところは歌い方に独特のクセがあるんです。そのクセもこの曲の魅力だから、そういうところを見落とさないように歌いました。

伊藤:そこを意識するようになってから、すごく歌が良くなりましたね。残りのパートは、知世ちゃんはのびのびと歌ってるんじゃないかな。アレンジに関していえば、曲を聴いて冬の朝のイメージが浮かんだので、ちょっとクリスマスソングみたいな雰囲気を入れようと思って知世ちゃんにスレイベルを演奏してもらいました。

原田:やりましたね! これ、どうやって使うんですか?って聞きながら。あの鈴の音が入ると一瞬でクリスマスっぽくなりました。ゴローさんがミューシャンの皆さん一人一人に、曲のイメージを書いたメモを渡していたのを覚えてます。「パジャマ姿でパンを食べてる」とか(笑)。

 
――ミュージシャンが曲のイメージを共有しながら演奏したんですね。「ヒア・カムズ・ザ・サン」、「デイドリーム・ビリーバー」と朝の爽やかなイメージが続いてカーペンターズ「遥かなる影」。先日亡くなったバート・バカラックが手掛けた彼らの代表曲です。

原田:歌詞の最初の言葉、「Why」がいちばん低いキーなんです。それをもとに曲のキーを決めたのですが、カレン(・カーペンター)さんが低音を響かせて歌う「Why」が耳に焼きついているので、その声にとらわれないようにして歌おうと思って、いろんな方のカヴァーを聴いて参考にしました。あと、この曲は意外と歌のメロディが細かく上下する部分が多くて、その幅がすごく広いんですよ。その上下を安定させながら、なおかつニュアンスを出していかなければならないので大変でした。まるで歌のテストを受けているみたいでしたね(笑)。

伊藤:テンポも結構揺れる曲なんです。一回、止まったり、またゆっくり始まったり。そういうところも注意深く再現しないと曲の良さが出ないのですが、知世ちゃんの歌はすごく安定感がありましたね。

原田:今回のアルバムのなかでは、いちばん難しかった曲でした。でも、聴いているだけだと難しさを感じさせないのが、この曲のすごいところですね。

 

――書いたバカラックも、歌ったカレンもすごいですね。オリジナルにそったアレンジですが、後半に入ってくるバンドネオンが良いアクセントになっていました。

伊藤:バンドネオンは一瞬で風景を変えられる楽器なので、この曲に使ったら面白いかなって思ったんです。歌が終わると転調して、また歌に戻っていくところが印象的な曲なので、そこにバンドネオンを使うことでハッとさせたいなと。

原田:楽譜に「バンドネオンが歌う」って書かれていましたね(笑)。

 
――ニール・ヤング「オンリー・ラヴ・キャン・ブレイク・ユア・ハート」は原田さんの思い出の曲だとか。

原田:今回のアルバムは「音楽飛行」というサブタイトルがついていますが、音楽を聴くと一瞬で思い出の場所に連れて行ってくれるじゃないですか。私にとって、この曲がそうなんです。兄がニール・ヤングが大好きで、子供の頃、兄の部屋から、兄がギターの弾きながら歌うこの歌がよく聞こえてきたんです。兄が高校生で私が7歳くらいかな。兄の部屋に女の子からもらったガラス瓶があったのですが、そこに兄が好きなものが手書きで書いてあって。食べ物とかいろんなものが書いてあるなかに「ニール・ヤング」って書いてあったのを覚えています。

 
――甘酸っぱいですね(笑)。こういう男性的な曲をカヴァーされたのは初めてだと思うのですが、歌ってみていかがでした?

原田:最初はマイクを近くにセットして小さな声で歌っていたのですが、その歌い方だとサビまで持たないことがわかって。それで最初から堂々と地に足をつけた感じで歌い直しました。熱すぎず、でも、ちゃんと熱を入れた歌い方でメロディに声を乗せていく。そういう歌い方をしたのは初めてでしたが、失敗してもいいからやってみようと思って。そうすることで空間をきっちりと歌で埋めることができたと思います。

 
――新しい歌い方に挑戦されたわけですね。アレンジはいかがでした?

伊藤:ニール・ヤングの曲は無骨なので、もうちょっと柔らかい感じにしようと思ってハーモニーを少し変えました。また、3拍子の曲なので、ポール・モーリアの「ザ・ラスト・ワルツ」という曲の雰囲気をイメージしたりもしました。この曲ってセンチメンタルだけど、どこか明るい。そういう感じを出したいと思って。

原田:そう、温かさがある曲ですよね。

 
――男っぽいけど繊細。原田さんのカヴァーを聴いて高橋幸宏さんのカヴァーを思い出したりもしました。「イン・マイ・ライフ」は本作で2曲目のビートルズ・カヴァー。『恋愛小説』では「夢の人」がカヴァーされていましたが、ビートルズ好きのゴローさんのビートルズ愛が伝わってくるアレンジです。

伊藤:「ディア・プルーデンス」のイントロのギターが最初に入っていたり、だまし絵みたいにビートルズのいろんな曲の断片を隠しています。

原田:「ヒア・カムズ・サン」のMVを撮っていただいた監督さんもビートルズが大好きで、この曲を聴いて「いろんなビートルズの要素が入っていて新鮮だった」とおっしゃっていました。ビートルズを聴きこんでいる方の心をくすぐるアレンジなんですよね、きっと(笑)。

 
――ヴォーカルに関しては、どんなことを意識されましたか?

原田:ほかの曲は歌にフォーカスして独りで歌っているような感じですが、この曲はバンドのなかに入って、ちょっと崩した歌い方にしてみました。今回はコロナが落ち着いたこともあって久しぶりにバンドと一緒にレコーディングができたので、生の演奏を聴きながら歌えたのが良かったです。いつもとは別キャラで……なんだろうな、クールな感じ?(笑)で歌いました。

伊藤:そうなんだ。ワルなヒロインだと思って聴いてみよう(笑)。

 
――ライヴが楽しみですね(笑)。続くジョニ・ミッチェル「青春の光と影」は、うって変わって文学的な雰囲気が漂っています。原田さんは『カコ』(1994年)でもこの曲をカヴァーしていて、その時のアレンジは鈴木慶一さんでした。ゴローさんのアレンジは重厚で複雑に作り込まれていますね。

伊藤:ちょっと過剰ですよね(笑)。ジョニ・ミッチェルの歌は独自の変則チューニングのギターで作られているので、異世界に連れて行かれるようなムードがある。それを表現しようと思いました。いろんな音が飛んでくるから歌うのは大変だったと思います。

原田:もともと難しい曲ですが、ゴローさんのアレンジでさらに難しくなりました(笑)。長い曲だから最後までじっくり聴いてもらえるようにしなければいけないと思って、歌入れの時はゴローさんといろいろ相談しました。

 
――約30年ぶりに歌ってみていかがでした?

原田:改めて以前のカヴァーを聴き直してみたのですが、20代の頃は空に向かって声を放り投げるようなまっすぐな歌い方で、みずみずしさを感じさせました。今回は静かに静かに歌っていて、歌がふくよかなになった気がします。今の自分が歌声に表れていて、歌を通じて自分の変化を感じることができました。

 
――ファンにとっても感慨深いカヴァーですね。ロネッツ「ビー・マイ・ベイビー」は弾けるようなポップな仕上がりです。

原田:この曲を選んだのは私です。ライヴで楽しく盛り上がる曲があったらいいな、と思って弾むような気持ちで歌いました。サビの「Say you’ll be my darlin’」というところの節回しをどんな風に歌うかで少し悩みましたね。

 
――R&B的なコブシをどう入れるか、ですね。

原田:そうなんです。私にはオリジナルみたいな歌い方はできませんが、そこはこの曲の魅力でもあるので、自分なりの表現でできないかと思っていろいろトライしてみました。

 
――ゴローさんの方は、ウォール・オブ・サウンドと呼ばれるサウンドをアレンジするのは大変だったのでは?

伊藤:ウォール・オブ・サウンド風のアレンジは、『恋愛小説3』収録の「A面で恋をして」のカヴァーでやっているので、今回は違う方向に行こうと思いました。いろいろ試行錯誤して、このアレンジにする前は、モータウン・サウンドっぽくやってみたりもしました。

 
――モータウン・サウンドといえば、スティーヴィー・ワンダー「マイ・シェリー・アムール」。原田さんにとって初めてのソウル・ミュージックのカヴァーですね。

伊藤:スティーヴィーのカヴァーは一度やってみたかった。アレンジは特に凝ったことはせず、素直にやっています。

 
――原田さんも素直に歌われていますね。

原田:ソウル・ミュージックをカヴァーしたのは初めてでしたが、この曲は悩まずに自然に歌えました。一箇所、オリジナルとは違うメロディで歌っているところがあって。

伊藤:ジャズのフェイクっぽくね。

原田:この曲を歌う前にいろんなカヴァーを聴いて参考にしたので、その時の記憶に残っていてそんな風に歌ったんだと思います。聴き直した時、そのパートが良かったのが発見でした。小さな進歩!(笑)。

 
――「Amour」というフランス語の響も含めて可愛い曲に仕上がっていますね。そして、ラスト・ナンバーがビリー・ジョエル「シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン」。これは意外な選曲でした。

伊藤:すごく好きな曲でいつかカヴァーしてみたいと思っていたのですが、まさか知世ちゃんのアルバムでやるとは思わなかったですね。この曲は男性の女性に対するいろんな思いを、ユーモアを交えながら歌っていて。それを女性が歌うとニュアンスが変わって面白いんじゃないかと思ったんです。

原田:この曲は歌詞が詰まっているので、メロディとリズムを追いながら歌うだけで精一杯でした。とにかく集中しないと歌えない。いちばん悩んだのがサビの「Oh-」です。どんな風に歌ったらいいんだろうって思って。日本語で「オー」なんて歌うことなんてあんまりないですからね。曲の最後に「ン~」ってハミングするところは気持ちよく歌えましたが(笑)。

 
――「Oh-」は男性的な響きですからね。

原田:メロディの切なさが伝わってくるように、声の乗せ方をいろいろ試しました。英語の歌詞は意味が伝わりにくくても、メロディにちゃんと声を乗せることができれば曲の感情は伝わるはず。そう思って、自分の声が曲に溶けこむように歌うことを大事にしています。

 
――オリジナル曲をどう解釈するかというより、曲の良さを引き出すことを大切にされているんですね。こうやってアルバム収録曲をひとつひとつ聴いていくと、昔の曲をカヴァーしながらもノスタルジーに浸るのではなく、どの曲も躍動感に満ちている。そこに新しい一歩を踏み出した原田さんの今の気持ちが反映されているように思えました。

原田:昔を振り返るような感じではなく、キラキラした雰囲気を出そう、とゴローさんと話していました。私たちと同じ世代の方が聴かれたら、青春のきらめきを感じてもらえるような歌にしたいな、と思って。

伊藤:年齢を重ねると、すぐノスタルジーな感じが出るじゃないですか。そういうものが出ないように2人で確認しながらレコーディングしていましたね。

 
――地に足をつけた歌い方に挑戦した、という話もありましたが、ニール・ヤングやビリー・ジョエルといった男性的なシンガー・ソングライターの曲をはじめ、アルバムから「歌を育てたい」という原田さんの思いが伝わってきました。

原田:またゼロから歌をやりたい、という思いが、このアルバムで少し形になった気がします。デビュー40周年を無事終えて、これからは自分の気持ちを大切にして、挑戦したいことにはためらわず挑戦しようと思っています。

 
――「恋愛小説」はこれからも続いていきそうですね。

原田:最近は、先のことはわからない、気にしないという気持ちでやっているので、これからどうするのかは何も考えていないんです。でも、「恋愛小説」では、オリジナル曲とは違った歌い方、自分の意外な一面を発見できるので、歌を続けていくうえで大切な場所だと思っています。

伊藤:実はカヴァーって「やって」と言われると抵抗があるんですよ。こうみえて反骨精神があるから(笑)。でも、やるとすごく楽しい。今回のアルバムも勉強になったし、達成感がありました。何より、みんなで作り上げていく楽しさを感じるシリーズなんですよね。知世ちゃんにはライヴでどんどんカヴァーを歌っていってほしいです。いろんな歌を歌って欲しくなる声を持っているから。

原田:ありがとうございます。このアルバムで『恋愛小説』は新しい段階に来た気がしていて。今は歌うことを心から楽しんでいます。

 

テキスト:村尾泰郎