2020年、世界中を襲ったパンデミックは、アーティストのライブ活動を制限するだけでなく、そこに関わる全ての人々の仕事を奪ってしまった。エリック・クラプトンはそんな状況に強いフラストレーションを感じていた。
2021年2月、エリック・クラプトンは同年5月に予定していたロイヤル・アルバート・ホールでのライブとその後のツアーを、2022年まで1年の延期をすることを決定した。過去200回以上のライブを行ったロイヤル・アルバート・ホールは、クラプトンにとっては特別に場所であり、それ故にクラプトンと彼のチームは、なんとか同会場でのライブを行うことが出来ないか模索をした。観客を大幅に減らす、もしくは無観客で行う等の案が検討されたが、ロイヤル・アルバート・ホールという会場ではそれらの案には無理があり、最終的に公演中止を決断しなければならなかった。
この決定に落胆をしたクラプトンだったが、“このパンデミック下で、アーティストは何ができるのか”を考えたクラプトンは、“今だからこそできるライブを行う”という事を思い付いた。場所はロンドンの南、ウェストサセックスのカウドレイ・パーク内にある1875年に建てられたグレードⅡのビクトリア朝のカントリーハウス。クラプトンは、旧知の仲間、ネイザン・イースト(ベース)、スティーヴ・ガッド(ドラム)、クリス・ステイントン(キーボード)を呼び寄せ、彼らとライブを行うことで、このパンデミックの状況を少しでも打破したいと考えた。
ライブの前半で「ピーターの為に弾こう」と言い、昨年(2020年)亡くなったピーター・グリーン作でフリートウッド・マックの「ブラック・マジック・ウーマン」(1968年)「マン・オブ・ザ・ワールド」(1969)をプレイ。ピーター・グリーンは1960年代にクラプトンの後任としてジョン・メイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズに加入した旧知の友人で、その彼の2曲を取り上げたことに、クラプトンのピーターに対する思いを感じることができる。
監督のデヴィッド・バーナードは、ロイヤル・アルバート・ホールでの公演が中止になった時の事をこう話している。「エリックのマネージメントから電話があったんだ。無観客で行うアコースティック・ライブをカウドレイ・パークで計画しているので、現場を見に来てくれないかって。で、実際に行って建物をチェックしたところ、この建物でアコースティックなサウンドだと、どんな小さな雑音でもマイクが拾ってしまうことが分かった。実際、ピンが落ちる音でさえ聞こえたからね。なので、撮影ではカメラも人も動かさない方法をとることにしたよ。」
サウンド・プロデューサーのラス・タイトルマンは、撮影場所に到着するとすぐに建物のダイナミックさを気に入った。ラスは、クラプトンをはじめ、ライ・クーダー、ジェームス・テイラー、ジョージ・ハリスン、リッキー・リー・ジョーンズ等々、数々のアーティストと仕事をしてきたレコード・プロデューサーで、これまで3つのグラミー賞を受賞しており、そのうち2つは、クラプトンのアルバム「ジャーニーマン」そして「アンプラグド」で獲得している。クラプトンとはこの2作以外にも「24ナイツ」「フロム・ザ・クレイドル」で仕事をしている。「2012年に私がプロデュースをしたジェリー・ダグラスのアルバム「トラベラー」にエリックがゲスト参加した事があったが、本格的にエリックと仕事をするのは1994年以来なんだ。なので、エリックから電話をもらった時は嬉しかったよ。エリックは『ロイヤル・アルバート・ホールでのライブはキャンセルになったのだけど、別のプランがあるんだ。アコースティックをメインにしたライブで、アンプラグドⅡのような感じでさ。だとしたら君に頼むべきだと思って。手伝ってくれるかな』って。」
約2週間のリハーサルの後、撮影は2日間をかけて行われた。リハーサルの間は50人ものクルーが建物を出入りして作業をしていたが、撮影中は音の問題で5人しか建物内に入ることができなかった。そこで外部からモニターを通して指示ができるように、TVの中継車をもちこんでの撮影となった。
「ロックなアルバムにはしたくなかったんだ。この建物の空間を生かした豊で広がりのあるサウンドにしたかった。上手くいったよ。エリックは『聴くのが待ちきれないよ』って言っている。とにかく素晴らしいパフォーマンスだった。サウンドのミックスをしている間中、私はずっと頭を振ってリズムをとっていたからね。今は人類の歴史上とんでもない時期だけど、そんな中で魔法のようなライブを作り上げることができた。」- ラス・タイトルマン
by ポール・セクストン
(音楽ジャーナリスト、ブロードキャスター)