イギリスでは間違いなく2012年の顔となったエミリー・サンデー。 シングルが立て続けにヒットし、デビュー・アルバムは全英初登場1位をマーク。 ロンドン五輪ではただひとり開会式と閉会式の両方で歌ったことで、より幅広い層から支持されることになった。
そんな彼女がロンドンの名門ロイヤル・アルバート・ホールで公演するというので、観に行った(11月11日)。
それにしても本国でのデビュー・アルバムのリリースは2月であり、約9ヵ月後にはロイヤル・アルバート・ホールを満杯にしているのだから、その勢いの凄さがわかるというもの。 データがないので明言はできないが、もしかするとデビューからロイヤル・アルバート・ホールまで最速で辿りついたソロ・シンガーということになるのではないだろうか。
会場内に入ってザっと見まわしてみると、観客の年齢層は思っていた以上に高い。 若い人もいるにはいるが、大半が30代・40代と思しき人たちだ。要するに「大人」ばかり。 会場柄ということもあるだろうが、それにしてもまだ20代半ばの新人女性がこれだけアダルト層に支持されるというのは興味深いところ。 ロンドンに住む人に訊いてみたところ、アデルはティーンのファンも多数いるが、エミリー・サンデーを好きな人はやはり彼女よりも上の世代が多いとのことだった。 因みに男女比はほぼ半々だが、白人だけじゃなく黒人客も2割以上いただろうか。 といっても、いわゆる富裕層。 ちゃんとめかし込んだ紳士淑女が多く、ストリート出のR&B~ヒップホップ・アーティストのライブの客層とはだいぶ異なる。 ロンドン五輪で見せたパフォーマンスの影響もあるのだろうが、やはりエミリー・サンデーは大人が聴くに相応しい品格と深みを持ったアーティストとして人気を博しているようだ。
とはいえ彼女は癒しの歌姫といったタイプではない。 ステージ中央にじっと立って、しとやかに歌うタイプではなく、感情のままに右へ左へと動き回りながら熱く歌う人なのだ。 だからショーが始まった途端、年齢層高めの観客たちの騒ぐこと! それはもう熱狂的とも言えるほどで、同性でありながら悲鳴のような声を出している人もいたものだった。
バンドは、ギター、ベース、ドラム、キーボード、パーカッションに加えて、ステージ左右に別れたストリングス隊が8人、そしてコーラスが4人。 シックな装いで歌うエミリーを合わせると計17人もがステージ上にいるわけで、絵的にもゴージャスだ。 因みにストリングス隊を迎えて歌うことは、テレビ番組ではあったそうだが、ライブでは初めてらしく、「夢が叶った」と彼女は話していた。
「ダディー」で幕を開けたショーは、デビュー・アルバムの曲と先頃発売されたスペシャル・エディション(邦題『エミリー・サンデー 完全盤』)に追加収録された曲とで進んでいった。 エミリーの歌声はCDで聴く以上にパワフルで、どこまでもエモーショナル。 もっと抑制を効かせた表現をする人なのかと思っていたのだが、ときに荒々しいとも言えるくらいに感情をそのまま解き放つ。 声の限りに思いっきり歌うのだ。 つまり完全に気持ちで歌うタイプ。 そういう意味ではメアリー・J.ブライジに近いと言えなくもない。全身全霊という言葉がよく似合う歌唱なのだ。 が、ピアノの弾き語りによる静かなバラード「クラウン」などでは、それとはまた少し違って、いままさにそばにいる誰かに歌いかけるようなあり方。 それはエミリーが尊敬していると言うアリシア・キーズの表現にも近いもので、力強さだけじゃなくて包容力を感じさせもした。
それにしても、いい曲……というか胸の奥のほうをえぐられるようなエモーショナルな曲が、この人には多い。 ラブソングにしても家族のことを歌った曲にしても、表面的なところで書かれたものなどひとつもなく、だからいろいろと人生経験をしている大人にこそグッと響くのだろう。 そんなことも考えながら筆者は観ていたのだが、後半ではショーとしての膨らみもあって、会場はさらに沸いた。 「リード・オール・アバウト・イット」でロンドン東部出身の人気ラッパーであるプロフェッサー・グリーンが登場したのだ。 観客は大興奮。 そしてその熱も冷めやらぬなか「ワンダー ~明日への賛歌」で会場をさらにヒートアップさせ、味わい深い「マウンテンズ」をじっくり聴かせたあと、本編の最後をダンサブルな大ヒット・デビュー・シングル「ヘヴン」で締めたのだった。 もちろん拍手と声援がこれでやむはずもなく、アンコールに突入。 すると今度はロンドンのシンガー兼プロデューサーであるラブリンスが登場し、「ベニース・ユア・ビューティフル」でエミリーと華麗なデュエットを披露した。 そして「メイビー」を挿み、最後はパーカッシブなサウンドにも昂揚感がある代表曲のひとつ「ネクスト・トゥ・ミー」を熱唱。 端から端まで動きながら何度も”ネクスト・トゥ・ミー、フ~フッ”と繰り返すエミリーに観客たちの歌声も重なり、この日のステージは感動的に幕を閉じたのだった。
かくして大躍進だった2012年を締めくくるのにまったくもって相応しいものとなったロイヤル・アルバート・ホール公演だが、この模様をそのままCDとDVDにパッケージしたライブ作品が2013年の早々にリリースされることも既に決定している。 最近ではアリシア・キーズやリアーナの新作にも曲提供し、いよいよアメリカでもブレイク寸前である彼女のキャリア上、極めて重要な作品になることは間違いない。
(文●内本順一)