BIOGRAPHY
Bombay Bicycle Club / ボンベイ・バイシクル・クラブ
音楽においては、前のめりに駆け抜ける若手バンドのサウンドほど、爽快なものはほとんどない。速さ、渇望感、意外な驚き
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こういったものは、ひとつのバンドが興味深い存在であり続けるのに重要な要素である。ボンベイ・バイシクル・クラブにとって3年連続のリリースとなる今回の3作目アルバムは、新鋭バンドがほぼ毎年アルバムを出し、1枚ごとに新たな領域を拡大して、聴き手の思い込みを覆していた時代を思い出させる。タイトルの通り、この『A
Different Kind of
Fix』(※”異なる種類の楽しみ・スリル”といった意味)は、あなたが予想しているような作品では全くない。これはドアを大きく開け放ち、あらゆる先入観を超越しているバンドが鳴らす音だ。
このバンドのメンバーは、時間を無駄に過ごしたことはこれまでなかった。フロントマンのジャック・ステッドマン、ギタリストのジェイミー・マッコール(フォーク界の伝説的存在、ユワン・マッコールの孫で、故カースティ・マッコールの甥)、ベーシストのエド・ナッシュ、そしてドラマーのスレン・デ・サラームがバンドを結成したのは、まだ北ロンドンの中学・高校に通っていた頃のことだった。彼らは同年、優勝者にVフェスティバルの出演権が与えられるコンテストで優勝。翌年2枚のEPをリリースし、高校在学中にデビュー・アルバム『アイ・ハド・ザ・ブルーズ・バット・アイ・シュック・ゼム・ルース』(原題:I
Had The Blues But I Shook Them
Loose)を書き上げた。同アルバムは2009年にリリースされ、ゴールド・ディスクを獲得している。
大抵の新人の場合、ここからまたバンドを立て直して次の計画を練るのに、1年かそこらかかるのが普通だ。しかしそうする代わりにボンベイ・バイシクル・クラブは、翌2010年、フォーク色の濃いアルバム『Flaws』を発表して一気に左折。このアルバムには、ジョアンナ・ニューサムやジョン・マーティンのカヴァー曲も収録されている。彼らの所属レーベルは当初、そんなにも早くセカンド・アルバムをリリースすることに、しかもアコースティックな作品を出すことに消極的であった。しかし『Flaws』は全英トップ10に食い込み(※最高位8位)、アイヴァー・ノヴェロ賞にノミネートされる快挙をも達成したのである。「バンドってのは、そういうことをやるべきだと思うんだよね」と、現在21歳になったジャックは語る。「同じようなアルバムを何度も繰り返し作れるバンドがどうしているんだろうな、って思うよ。『Flaws』の後は、包み隠すことはもう何もない。僕らは自分達のやりたいことなら何だってやれるんだ」
彼らの3作目の指針は、昨年ジャックが、サウンドクラウド(Soundcloud)やマイスペース(MySpace)を通じてインターネットで公開した、地味なソロ曲という形でその萌芽を見せていた。J・ディラのヒップホップのインスト曲や、フライング・ロータスのせわしないエレクトロニカからの影響を帯びていたそれらの曲は、余分な装飾が取り除かれたオーガニックな『Flaws』のサウンドからの劇的な脱却であったが、そういった方向性は、どこからともなく突然現れたわけではない。ジャックは14歳の時からプライベートではずっと、エレクトロニック・ミュージックを作り続けていたのだった。彼がエイフェックス・ツインやボーズ・オブ・カナダを初めて知ったのはその頃だ。「そういったタイプの音楽の場合、機材を使いこなして簡単に音を作り出せるようになるまでは、10歳児が作った曲みたいに聴こえるんだよね」と説明するジャック。「ギターを弾くのがヘタクソでも、曲そのものが素晴らしく聴こえることはある。でもエレクトロニック・ミュージックの場合、ちょっとオタクになる必要があるんだ。僕は長い間ずっと、その努力をしてきたんだよ」
バンドは今回も、長年彼らと仕事をしてきたプロデューサーのジム・アビス(アークティック・モンキーズ、カサビアン)を再起用。昨年の秋にはロンドンで、そして2月にはハンブルクでレコーディングを行った。また4月には米アトランタへ飛び、「Shuffle」「Your
Eyes」「Favourite
Day」をベン・H・アレン(アニマル・コレクティヴ、ナールズ・バークレイ、M.I.A.)とレコーディング。そのスタジオの隣にいたのがタイニー・テンパーだった。「彼はフラリと入ってきてね」とジャック。「『あー、俺、大ファンなんだけどさ、どこでコラボする?』って言ってきたんだ。みんな彼の魅力に参っちゃったよ」。最終的に、アルバムはクレイグ・シルヴェイ(アーケイド・ファイア、ポーティスヘッド、ザ・ホラーズ)がミックスを担当した。
「僕らはいつも、1カ所に腰を据えて1人のプロデューサーとアルバムを作ろう、って話し合ってるんだけど、結局その正反対に終わってばかりなんだよね」とジェイミーが言う。
アルバム全体を通じ、今回のサウンド・プロダクションは、仕上げの磨き方というよりも、ソングライティングの過程から本来備わっていたものだったと言える。多くの曲がノートパソコンで作ったループやアレンジし直したサンプリングを出発点としており、そこからフル・バンドのポップ・ソングに発展していった。映画『エクリプス/トワイライト・サーガ』のサントラにデモの形で登場していた、目を見開くようなマントラ調ドリーム・ポップ「How
Can You Swallow So Much
Sleep」は、アルバムのオープニング曲だ。第一弾シングルの「Shuffle」では、ヒップホップのブレイクビーツに、優雅なギター、切り刻まれたピアノ・サンプリング、そしてアニマル・コレクティヴ風のキャンプファイア系サイケデリアを凝縮し、最も魅力的な夏のポップ・ソングのひとつに仕上げている。
ループするヴォーカル・ハーモニーや、朝露のように新鮮なバレアリック・ギターを用いた「Lights Out, Words
Gone」は、チルウェイヴとの共通項を生み出している曲。「Take The Right
One」のまばゆいばかりにきらめく重層サウンドは、アビスが異なるヴァージョンを4種類レコーディングすることを提案した結果生まれたものだ。その4ヴァージョンは、それぞれ1つ前のものより多めにエフェクターがかかっており、後に4つ全てが同時に再生されている。「Leave
It」は、冒頭のモチーフをプッチーニのオペラ作品から拝借しており、それを壮快なギターポップへと改作。バッキング・ヴォーカルを担当しているのは、シンガーソングライターのルーシー・ローズ(「Lights
Out, Words Gone」にも参加)である。
他の曲は、より伝統に基づいた進化を遂げた。『Flaws』から受け継がれたものは「Beggars」の中に感じ取れるだろう。この曲は、質素なフォークから弦をかき鳴らすロックへと変化し、やがて神々しい吐息で幕を閉じている。また朗々とした「Fracture」は、『Flaws』のツアー中に生まれたもので、書き上げられた後、教会でレコーディングし、バンド全体でプロデュースした曲だ。「What
You
Want」(「恋愛・人間関係で、いいなりになる側になることについての曲」)は、デビュー作との橋渡し役を果たしていると共に、カメレオンズやキッチンズ・オブ・ディスティンクションといった、深い響きのインディ・ロックを髣髴とさせる。最後を締めくくるセルフ・プロデュース曲「Still」は、トム・ヨークを思わせるファルセットを効かせたピアノ・バラードで、50分にわたる”音の冒険”を穏やかに着陸させる曲となっている。
これらの曲のテーマは何かと尋ねられたジャックは、うまく言葉を交わす。今回の歌詞は、物語というより断片的な1コマだとのこと。そして彼は、そういった方が楽に書けると感じているそうだ。「バンド活動を始めた頃、僕らはすごく若くて、全然人目を気にしていなかったんだよね。自分達の曲を聴いてくれる人がいるとも思っていなかった。僕が音楽を作り始めるようになったそもそもの理由は、自分の言いたいことを言葉では伝えらなかったからなんだ」
これまで常に若さを味方につけてきた、ボンベイ・バイシクル・クラブ。ツアーやソーシャルメディアを通じて、彼らは非常に熱烈な、腕に歌詞のタトゥーを彫り込むようなタイプのファンベースを築いてきた。「自分達と同世代で、ライヴの後バンドに会いに来てお喋りしたり、僕らに共感してくれるようなファンがいるおかげだって、僕はいつも思ってたんだ」とジャック。しかし『A
Different Kind of
Fix』は、大人の時期へと足を踏み入れる大きな一歩となっている。つまり、酔わせるような、包み込むような作品であり、多種多様ものから受けたインスピレーションの根を、温かみとダイナミズムとがあるジャックのソングライティングの中にしっかりと下ろしているアルバムなのだ。デビュー・アルバム『アイ・ハド・ザ・ブルーズ・バット・アイ・シュック・ゼム・ルース』や、セカンド『Flaws』、そしてジャックのソロ・インスト曲が有していたDNAを受け継ぎつつ、このバンドに何が可能なのかという、大パノラマ画を描いて見せている本作。このアルバムは、彼らにとって重要な分岐点と言えよう。つまり、単に彼らのこれまでの最高傑作であるというだけでなく、この先も更に発展していくということを裏付けているアルバムなのだ
「近頃のバンドは、ファースト・アルバムで型にはめられてしまいやすくなってる。40年前ならそんなことはなかったのにね。でも僕らの場合は、絶えず自分達がどんな種類の音楽を作りたいのかを見出そうとしてるんだ」とジェイミー。「そして僕自身、まだそれが何なのか悟っていないんだよ」
彼らの探究がこれからもずっと続きますように。