BIOGRAPHY
BILAL / ビラル
フィラデルフィア生まれの22歳(現在はニューヨーク在住)。ザ・ルーツのアミーア(クエストラヴ)が、Q・
ティップを通じて手に入れたデモ・テープを聴いて一発で気に入り、ディアンジェロのツアー・バック・ヴォーカリストとして起用したのが業界の注目を浴びる
きっかけとなる。しかしながら当のビラルは、そのポジションにあまり心地よさを感じなかったという。「でもディアンジェロからソウル・ミュージックのなん
たるかを学んだ。きっと彼とオレは同じ子宮から生まれているんだ。」ディアンジェロ同様、ビラルは教会でキャリアをスタート。3人のイトコと組んだ「ホリ
ネス」というゴスペル・グループのメンバーとして、フィリー時代、教会でのパフォーマンスで経験を積む。しかしビラルが夢見ていたのはジャズであり、ビッ
グ・バンドだった。その夢を求め、ビラルはニューヨークへと旅立った。ニューヨークに出て数年間前述のディアンジェロなどのバック・アップ・シンガーとし
てそのキャリアを重ねるうち、メジャーが彼の存在に注目を集め、数多くのオファーの中からインタースコープが、その創始者ジミー・アイオヴィン自らがサイ
ンに出向き、契約を射止める。「本気でジャズ・シンガーになろうとしていたし、映画のスコアのアレンジャーにも興味をもっていた。R&Bをやろう
となんて思ってもみなかった。」とビラル。しかしR&Bが彼を必要としていた。匿名的で個性のない4人組や、リップ・シンクしか出来ないカッコツ
ケばかりのR&B界を打開する存在としてビラルは、ミッションを背負いキャリアをスタートする。先行シングル「ソウル・シスタ」のようなディープ
なバラードからブルーズまでビラルの音楽は軽くジャンルを超える。「オレは、高校時代小説を書いていたようにモノ書きになりたかった。それから役者にも。
だからオレは小説のとある”章”や劇中の”シーン”のように曲を書くことができる。オレの曲は全部自分の生活について。でもくだらないモノは創りたくな
い、だから時々想像力を働かせるんだ。でもそれも全部自分の生活の範囲の中でのことさ。」そんな私小説ともいえるデビュー・アルバムのタイトルは
『1st・ボーン・セカンド』。ビラル曰く両親の第一子であり、ソウル・ムーヴメントの第2世代という意味だという。