Bastille @ Alexandra Palace (London) / 2014年3月6日

 3月6日、アレクサンドラ・パレス。ロンドン北部の街並みを一望できる高台にあり、アリ・パリの愛称で地元っ子に親しまれている。キャパ8千人という、19世紀に建てられた大型のヴェニューだ。
 この1年は間違いなく、バスティルにとって激動の年であり、UK音楽シーンにとっても、彼らの快進撃はひとつの事件だった。ちょうど1年前にリリースされたデビュー・アルバム『バッド・ブラッド』は、全世界で200万枚以上を売り上げ、本国イギリスでナンバーワンを獲得。「2013年、最も売れたアルバム」という記録も樹立している。今年のブリット・アワードでは最多の4部門にノミネートされ、「ブリティッシュ・ブレイクスルー・アクト賞」を受賞した。
 フロントマン、ダン・スミスのソロプロジェクトとしてスタートし、つい2年前までは、ダンのベッドルームで完結していたその孤高の世界観は、本人にも追いつけない速さで膨張し、目も眩むほどのビッグバンによって、近年稀に見る急成長を遂げた。消化したライヴの数もまだまだ少なく、昨年夏にようやく主要な夏フェスへの出演を果たし、大きなステージを経験するに至っている。そして今宵が、彼らにとって過去最大のヴェニューでの単独公演となる。
 21時20分。8千人の大観衆に迎え入れられながら、実に控えめに4人が姿を現した。ダンは、黒のスカルプリントのTシャツにグレーのパーカ、ジーンズというカジュアルな出で立ちだ。ステージの中央には、バスティルのシンボルである正三角形に象られたスクリーン。ステージ上の彼らの姿がモノクロで映し出される。今、そこで奏でられているサウンドとは不思議とリンクしないその映像は、一篇の短編映画のようにドラマティックで、奇妙な既視感に襲われる。アリーナ会場の定番である、後方のオーディエンスに配慮したスクリーンの役割とは意を異にした、シネフィルのダンらしい「演出」が心憎い。
 オープニング曲は、「バッド・ブラッド」。端正なシンセサウンドと、ミニマルなリズムが会場に響き渡り、のっけから客席は大合唱の嵐だ。重厚な低音とリズムに支えられた圧倒的な音の洪水、モリッシーの繊細さとクリス・マーティンの透明感とを兼ね備えた、伸びやかなダンの歌声。ひとつひとつの音を丁寧に紡ぎ、構築していくカイル・シモンズとウィリアム・ファーカーソンの、職人のような佇まい、ウッディが叩き出す、タイトなリズム。あくまでも緻密なサウンドのアンセムなのに、歌詞は不協和音。それを客席が一体となって合唱する時、そこにとてつもないエネルギーが生まれるのが分かる。
 「バッド・ブラッド」を作った頃には、きっとライヴで再現することは想定していなかっただろう。実際ダンは、ライヴやレコーディングでの音楽性の幅を広げるために、バンドという体裁を取ったことを公言している。そうした特殊な環境の中で生まれた曲を演奏するにあたって、ライヴ・ヴァージョンにこだわり過ぎず、かと言ってレコードの完全再生にも落とし込まずに、客席を淡々と鼓舞していく。この切れ味の良い表現力は、昨年1年間のUKツアーやUSツアー、そしてグラストンベリーやレディング、サマーソニックを含む世界中の夏フェスのステージで培ったものなのだろう。
 続く「ウェイト・オブ・リヴィング・パートII」で会場は一気にダンスフロアと化し、3曲目の「Blame(ブレイム)」で、ダンが短めの挨拶をすませてパーカを脱ぎ捨てると、突き刺さるようなコーラスのハーモニーとクリーンなビートで、会場はますますヒートアップ。曲ごとに趣向を凝らした映像や照明効果も幻想的で、まるで満点の星空の下、心地よい夕暮れの風に吹かれながらライヴを観ている錯覚に陥る。実際にはだだっ広く天井の高い、宮殿と倉庫を掛け合わせたような謎めいたインドアヴェニューなのだが、バスティルのサウンドとダンの歌声が、野外フェスティバルのような開放感と一体感へと誘う。
 その世界観が凝縮されたのが、6曲目の「オーヴァージョイド」、そしてこのライヴのクライマックスとも言える、終盤の「オブリヴィオン」〜「イカラス」の流れだ。ストリングスの生演奏を取り入れながらも、たった6人とは思えない質量の音を響かせ、そこに憑依する、ダンの透き通った声に胸が締め付けられる。
 ラストの「フローズ」まで全15曲、1時間ちょうどのセット。後半で、フロントアクトを務めた気鋭の女性ラッパー、エンジェル・ヘイズを迎えてマシュー・グッド・バンドのカバー曲である「Weapon」を披露して新境地を見せつけ、アンコール3曲の最後の最後に「ポンペイ」を持ってくるなど、バスティルが身につけた自信をも感じさせてくれる、堂々たるパフォーマンスが印象的だった。こうしてライヴを体感してみて改めて思うことは、バスティルの魅力とは、誰もが一緒に歌いたくなる良質のアンセムと、踊れるミッドテンポの曲が持つ、唯一無二の存在感だ。サウンド・映像・照明がシンクロする彼らの世界観に希望がわくような、全身に力がみなぎるような、ポジティブな感覚。それは、バスティルの持つ、痛みを伴ったサウンドや歌詞の果てにある、一筋の光のような疾走感と高揚感だ。
 時として、イギリスの批評家に“保護者公認のロックバンド”と揶揄されることもある彼ら。この日のライヴについても、本国のプレスからは、優等生的な内容だったという評価もある。実際に、客席には10代から60代くらいまでの老若男女、幅広い層が集まっていた。ちょうどこの日がダンの姉妹の誕生日だったらしく、彼女のために観客全員でハッピー・バースデイを唄う場面もあり、切れ味の鋭いサウンドクリエイションとは裏腹の、温かな雰囲気も感じさせてくれている。ダンのMC自体も、とても控えめで、礼儀正しく上品だった。それを、優等生的と言われれば、確かにそうなのだろう。それでも、彼らは、ダンの繊細な危なっかしさに共感を覚えることはないのだろうか? 予定調和ではない、ベッドルームの中で揺れ動く感情の紡ぎ出す音と言葉に、胸を痛めることはないのだろうか。
 楽曲の良さと、ライヴならではの一体感という、ライヴの持つ本来の魅力に特化した、言ってみればシンプルなパフォーマンス。けれども、現在、どれだけのバンドがそれを純粋に堪能させてくれているだろうか? 歌声だけでなく、音の粒子のひとつひとつが、ビートのひとつひとつが語りかけてくるようなライヴを、一体どれだけのバンドが実現できているというのだろうか? 8千という数の観衆を惹きつけ、自分たちの世界へと連れ去る彼らこそ、時代が求めている音楽の姿に違いないのだ。それを、彼らの情熱的なパフォーマンスと、オーディエンスのリアクションが物語っている。
 帰り道、ラストに披露された「ポンペイ」のリフレインを誰もが口ずさみながら、笑顔で駅へと歩いて行く姿に、ライヴの持つ、最も単純で、最も鮮烈な力を再確認せずにはいられない夜だった。

長谷川友美/Yumi Hasegawa

SETLIST
1:Bad Blood
2:Weight of Living Pt. II
3:Blame
4:Laura Palmer
5:Poet
6:Overjoyed
7:Laughter Lines
8:These Streets
9:The Silence
10:Oblivion
11:Icarus
12:The Draw
13:Weapon(Matthew Good Bandのカバー)
14:Things We Lost in the Fire
15:Flaws

ENCORE
16:Daniel in the Den
17:Of the Night
18:Pompeii