『アリス・ザ・ベスト~遠くで汽笛を聞きながら』『谷村新司・ザ・ベスト~陽はまた昇る~』によせて…。
■『アリス・ザ・ベスト~遠くで汽笛を聞きながら』『谷村新司・ザ・ベスト~陽はまた昇る~』によせて…。
アリスこそわれらのヒーローだった。時代を揺るがす存在でありながら、どんなときだって僕らを守ってくれる兄貴でいてくれた。肩をガシッと掴んでグイと引っ張ってくれる歌の数々にどれだけ救われたことか。もし何かあったならばすぐさま彼らの元へと駆けつければいい。いつもと変わらず熱いまんまの彼らがそこにいてくれるから。アリスの最新ベスト・アルバム『アリス・ザ・ベスト~遠くで汽笛を聞きながら』(赤盤)を聴きながら、そんなことばかり考えていた。
まずたいていの人はジャケットに<EXPRESS>のロゴマークが高らかな存在感を放っていることにときめきをおぼえるのではないか。1967年、東芝音工のなかに作られたこのレーベルは、カレッジ・ポップス、グループ・サウンズ、フォーク、ロック、ニュー・ミュージックなどさまざまなジャンルにわたり、尖鋭な感性を有する若者のための音楽をクリエイトするアーティストたちを輩出し続けた。いわばユース・カルチャーの発信基地ともいえる存在であったエクスプレスから、1972年にアリスもデビューを飾っている。ヒットに恵まれない不遇の時代を経て、ウッディー・ウーのカヴァーとなる“今はもうだれも”でブレイクを果たし、70年代半ばより次々とヒット曲を連発、やがてレーベルを代表する存在へと上り詰めていく。そんなドラマティックな青春の軌跡をアリスの3人はここエクスプレスに刻んでいる。
オリコンのシングル・チャートで初の1位を獲得した“チャンピオン”やTBSテレビ「ザ・ベストテン」において初ランクインした“冬の稲妻”など、ここに並べられているのは時代の先端を走り続けた彼らの熱き日々の記録。当時の若者たちの気持ちを代弁したこれらの代表曲が孕んでいる量と訴求力の高さ。汗まみれになりながら走り続ける姿が目に浮かんでくるような谷村新司と堀内孝雄の掛け合い、矢沢透が紡ぐ骨太なリズムを目の当たりにすれば、アリスこそジャパニーズ・フォーク・ロックの先駆者だという声に誰もが頷かざるをえないだろう。米西海岸の香りとヨーロッパ・テイストと歌謡曲の色合いが違和感なく混ざりあうアリスの音楽世界はどこか不思議さに溢れていて、知れば知るほど秘密が広がるような気がしてしまうのはここでも同じく。カレッジ・フォーク・グループ然としたふたりの頃のデビュー・シングル“走っておいで恋人よ”から漂ってくる芝生の匂い、立ち上がってくる青い色彩も魅力的だ。
ヒーローはいつだって僕らを裏切らない。どんな場合であってもどこからかすっと姿を現して、傷ついた心を癒し、流れる涙を拭いてくれる。彼らの音楽はあらゆる人々の思いを受け止めてくれる懐の深さが魅力なのだが、背中の広さということであれば同時リリースされた『谷村新司・ザ・ベスト~陽はまた昇る~』(青盤)の曲たちも引けを取らない。
アリス盤と同じく、エクスプレス時代の作品から谷村自身が選りすぐりの楽曲が収められたこのキャリア初期のコレクション。ひとりっきりでないと出せない色を真摯に追求しながら、多様なジャンルに対する興味を広げていった時代の記録と言えるだろう。
グループ活動と並行しながら谷村がソロ・キャリアをスタートさせたのは1974年のこと。同年11月にデビュー作『蜩』が発表されており、同レーベルでは計5枚のアルバムが制作されている。それらの作品を辿ってみた際に発見するのは、谷村の非常に前のめりな表現意欲、アグレッシヴとも言える推進力である。和のテイストを強調しながら歌表現の可能性を探っている“蜩”、そして2作目『海猫』から“海猫”や“砂の道”など同時期におけるアリスの谷村とは異なる表情の楽曲が並んでおり、陰影に富んだ歌声はこちらの胸にそっと忍び込んできてゆっくりと溶けていく。ジャジーなムードに煙る“引き潮”、ボサノヴァのリズムに彩られた“煙草のけむり”、ミュゼット歌謡といったスタイルを持つ“冬の嵐”などジャンルにとらわれないソング・ライティングも聴きものだが、この時点で谷村的ダンディズムが早くも形成完了していたことにまず驚きを覚えてしまう。古き良き西部劇の世界が広がる“シェナンドー河に捧ぐ”、デラックスでゴージャスな印象をもたらす“喝采-想い出のライト-”などまるで映画の世界にいるような陶酔をおぼえさせるこれらの名曲は変わらぬ魅力を放ち続けているし、同名のテレビ・ドラマ主題歌“陽はまた昇る”や山口百恵への提供曲をセルフ・カヴァーした“ラスト・ソング-最後のライト”など他にはない広々としたスケール感が描き出されていて圧倒的だ。
生まれながらにして風格と品格を備えていて、時の試練に負けたりしない歌がここにある。そんな歌はいつだってごく自然に聴き手と密接な関係を結んでしまうものだが、たぶんそういった類いのものを世の中ではスタンダード・ソングと呼ぶのであろう。そんなアレコレが頭の中を駆け巡ることになる2種のベストを望遠鏡代わりにしてデビュー45周年を迎える2017年の谷村新司を覗いてみれば、より多くの発見が待っているに違いないという予感めいたものが浮かび上がってくるのだ。ところで双方のCDのジャケット及びブックレットに使われている写真は、アリスはもちろん中島みゆきやオフコース、そして吉田拓郎など数多くのアーティスト達が愛してやまない写真家・田村仁氏(タムジン)による当時のものであり、すべてが初蔵出しとなる。アルバムを開くたび、懐かしさと新鮮さを同時に運んできてくれるところ、それもまた本ベストの魅力のひとつだとつけ加えておきたい。いまはただ、来るべきアニヴァーサリー・プロジェクトへの期待を膨らませつつ、時代を超えた存在感を放つ名曲にゆっくりと浸ることにしよう。
Written by 桑原シロー