BIOGRAPHY

ajapai

’91
活動拠点をNew York Underground House Musicシーンに置く。JAZZADELIC、BEAUTIFUL PEPOLE、LOOPTRICK、実名と多岐に渡る名義において、現在のGiant Steps、NYの前身であったDJ SMASH主宰レーベル、House Musicオリジネイターとして名高いPAL JOEY主宰レーベル、HISA ISHIOKA氏主宰の1stリリースを担うなど、多数の12′ vinylをリリース、いずれも、Billboard、Record Miller、Echo、Strait No Chacer各誌で高い評価を受けると共に多数のダンス・チャートで上位をマークする。

’94
上記名義作品郡が日本国内でも高い評価を得て、ピチカート・ファイブ、クレモンティーヌなどを手掛け革新的なプロダクションを披露、自国での活動を本格的に開始。同時期、JAZZADELIC名義等の作品郡を聴きつけた当時NY在住であったDEEE-LIGHTのテイ・トウワ氏、また、坂本龍一氏からコンタクトを受け、交流を開始。GEISHA GIRLSの“Kick & Loud” の製作へ参加。同年、坂本氏のマネジメント・オフィスKABに所属。坂本氏のワールド・ツアーへキーボーディストとして2度に渡り参加し、プレイヤーとしても高い評価を得ると共に、アルバム“Smoocy”(Gut / Forlife)全曲のDrum Programmingを担当。またテイ・トウワ氏の1stアルバム“Future Listening!”(Elektra / East West)への参加を機に、同氏と名声名高いProduction Unit“SP-1200 Productions”を結成。

’96
NYへ移住、テイ・トウワ氏と共に、マネジメント・オフィスを吉本興業へ移す。革新的なプロデュース / リミックス・ワークを量産し続ける。また坂本氏主宰レーベルgut / Forlifeの新人女性ボーカリストYUKIEのアルバム“Love After Love”をNYにて全面プロデュース、同アルバムは日本語R&Bとしての先駆けとして今尚名高い。

’99
ついに待望論に応えるような形で、壮大宇宙ロマン音楽紀行と呼ぶに相応しい実名名義Ist Solo Album、“Planetary Folklore”をEast West / Akashic Recordsよりリリース。その革新的なサウンドで多方面に多大なる影響を与えると共に、数多くのフォロワーを生み、国内のみならずEast Westドイツ、フランスよりもリリースされ大きな話題を呼ぶ。

’00
世紀末~新世紀への“シフト”を受け、“SP-1200 Productions”解散。新たな活動の軸として総合パーティー・ダンス・ミュージックを掲げ、“ajapai entertainment” を立ち上げる。同年、Canyon International / ポニーキャニオンと洋楽アーチストとして契約。

’01
春、アーチスト名を“ajapai”としfeat.VocalにKENNY BOBIENを迎え、SUGARHILL GANGの名曲をカバー、1stシングル“The Lover In You” をリリース。FM7局でパワープレイを獲得し、UKでもアナログをリリース、多数のDJチャートにTop10入りを果たす。続くように本人初となるライブ DJ Mix CD“Pure Garage Spirits” をリリース、同年夏、ajapaiとしての1stアルバム“cheers!”を発表。その殆どの作業をLondonのSOUL II SOULスタジオで行い、DANNA GARDIERを始めとするUK Garage、UK R&B界を代表するVocalist / Rapperを迎え、国内よりVERBAL(m-flo)も参加、究極のシャンパン・パーティー・アルバムが完成、国内各誌表紙を担い、DJ MAGAZINE(UK)に掲載され賞賛されるなど、大きな話題を呼ぶ。更にDJとしての活動も本格的に再開、青山Loop、渋谷Club Asia、代官山Air、浜松Planet Cafeでのレジデンツ・レギュラー・イベントもスタートさせ高い評価を受ける。

’02
夏、森個人のオリジナル作品として初の日本語楽曲へのアプローチとなる、“大車輪”をタワーレコード限定900枚生産先行アナログ・シングルとしてリリース。feat. Vocalに日本ポップス界のカリスマ、岡村靖幸を迎え、ダンス・ミュージックとポップスの新たな融合の形を示す。同楽曲は即日完売という偉業を成し遂げタワーレコード・インディーズ・チャート1位を奪取。正規CDリリースが待ち望まれている。また、VERBAL(m-flo)の新グループMIC BANDITZ“Radio Radio”をプロデュース、ラジオ・チャートを賑わし、その革新的なサウンドはもはや確たる物となる。

’03
春、LISA(ex. m-flo)のシングル“Superstar”をプロデュース。また唐澤美帆、Mic Banditsのプロデュース、安室奈美恵の新ユニットSUITE CHIC、小柳ゆきのリミックスなどを手掛け、更なる躍進を続ける。秋、“大車輪”をきっかけに、公私共に交友関係が始まった岡村靖幸の大復活ツアー“フレッシュボーイツアー” に、ツアー音源のリ・アレンジ、ステージ上ではDJとして参加。本番中ステージにおけるシャンパン連呑みは、ajapai自身のイベントにおける姿となんら変わらず、スタッフの度肝を抜いた(笑)。

’04
年明け早々、ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズと契約。ajapaiとしての待望の2ndアルバムの制作を開始。過去2作品ではフューチャリング・アーチストが全てUS、UKの外国人アーチストを起用していたが、今作では“大車輪”に単を発し、本人初の試みとなる全て「日本人アーチストをフューチャー」をテーマに制作中。他アーチストへの楽曲参加は、LISA(ex. m-flo)のアルバム“GRATITUDE”にて“i am pop feat.LISA LION”をプロデュース。更にNEXT LEVELへ昇華している感は、一聴瞭然。RIP SLYMEのILMALIの初のソロ作品となる小林武史氏プロデュース“Valon”においてリズム・アレンジ、ドラム・プログラミングで参加。その活動範囲はダンスミュージック界に留まらない。DJとしては800人以上の動員を記録し、レジデントを務めた伝説イベント“Living Floor”@ Club Asiaの復活版、“Living Floor Deluxe”において再びレジデントを務め、フロアを大いに湧かせた。

’05
04年から制作を開始したajapaiとしての2ndアルバムの制作に日々没頭。その温度は日々高まる。

’06
2年の制作期間を経て、4月26日に三浦大知をフィーチャリ ングヴォーカルに迎えたシングル「声をかさねて…」(フジテレビ系全国ネット「HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP」4・5月度エンディングテーマ)をリリース、5月12日に「声をかさねて…」の限定12’アナログ、さらに5月24日に満を持してajapaiとして初全曲邦楽アーティストをフィーチャーした待望の2ndアルバム「unaffected」がついにリリースされる。GAKU-MC & 桜井和寿(Mr.Children)「手を出すな!」、桜塚やっくん「1000% SOざくね?」などのリミックスを手掛ける。

’07
1月、伊沢麻未の1st fullアルバム「Prhythm」にて“Think about U”と“Take me away”の2曲をプロデュース。3月16日~18日に新木場STUDIO COASTにて行われた「AP BANG! 東京環境会議vol.1」にBank Band Trinityのキーボード&DJとして参加。ALL NIGHT TIMEのDJとしても出演し、フロアを沸かせた。その後、三浦大知の5thシングル「Flag」をプロデュースするなど、幅広い活動を行う。